− 大和 −






 大和は、いつの間にか本を読む事に楽しみを覚えていた。
 異国の文字で、読めるはずのない本であったが、なぜか字面を追っているだけでその意味を理解する事ができた。
 それは、ラキストが字の読めない大和のために用意した特別な本。文字の意味するところを、目を通じて直接意志として脳に送る。
 

 大和は、基本的に従順だった。力こそが大和の知る唯一の法であり、敗者にはあらゆる権利が失われる事を知っていたからだ。
 二度目などはない。負ければ死ぬ。負けた者は全てを失う。それが、大和が鬼払いを続ける上で悟った真理。ゆえに、自分はラキストの所有物であるという意識さえあった。
 が、その意識も時を経て少しずつ変わってくる。大和が自分の部屋の本を読み尽くしてしまうと、いつの間にか本棚の中身がそっくり別の本に入れ替わるようになった。
 それも続くようになると、今度は字面を追っても意味が頭に入ってこない本が混ざるようになる。が、大和はそれらの本も少しずつ少しずつ読めるようになっていった。

 
 「今日より、あなたは自由です。一年近くもの間の貴方のご協力には、感謝の念に堪えません」

 「・・・・・・」

 大和は、服をラキストに渡されたかつて自分が着ていた物と同様の服に着替え、ベッドに腰掛けたまま黙ってうつむいている。
 自分がいつもホムンクルス達の相手をしていたのは、この部屋に隣接した小さな小部屋。だが、こちらの部屋のベッドは、大和が心安らかに眠れる唯一の場所だった。
 ここにいれば、毎日あの化け物達の相手をせねばならない。が、決して鬼払いの依頼が舞い込む事もないし、なによりここには彼女の見た事もない世界そのものである本があった。
 
 「・・・どうかしましたか?どこか加減でも悪いとか」

 ・・・・・・無論、ここを出ていく事に異論はない。だが、出てどうすればいいのか。
 家には戻れない。かと言って、いく当てもない。どのみち、自分が生きていられるのもあと数年。ならば、いっその事このままここにいる事はできないだろうか。ふと、そんな考えが大和の頭をよぎる。

 「勝手や。うちを無理矢理手込めにしといて、事がすんだらほなさいならか。・・・・・うちに、どうしろ言うねん」

 ようやく、大和はぽつりとそれだけをこぼす。

 「・・・・・・そうですね。お言葉はごもっとも。ですがその前に、貴方に謝礼をお渡ししたいのですが」

 ラキストは、そういうと瓶詰めの薬のような物を取り出し、大和の前に掲げる。

 「これは私の調合した薬です。貴方の体質を調べさせていただいた結果、これを飲めばある程度貴方の寿命は延びるでしょう。一日一粒。この瓶が空になる頃には、少なくとも十年は長く生きられるようになっているはず」

 「え・・・」

 大和は、おそるおそるその瓶を手に取る。

 「・・・あなたは、本を通じて外の世界を知ったはずです。が、それは単なる知識に過ぎない。・・・・・・今までなら、貴方にはそれを見る時間はなかった。しかし、今は違います。少なくとも、貴方には貴方が見たいと思う物を見る程度の時間は出来た」

 「・・・・・・」

 大和はしげしげと瓶の中身を眺める。大和は、ラキストが嘘を言っているかもしれないなどとは微塵も考えていない。

 「時間・・・時間な」

 「・・・・・・私が、貴方に出来る謝罪はここまでです。あとは貴方の選択次第」

 「・・・ほな、これはありがたく頂戴させてもらいま」

 そう言って、大和は意を決したように立ち上がる。
 ラキストの言う事は当たっていた。大和は、本を通じて、外の世界に興味を持った。そして、それらを実際に自分の目で確かめてみたいと思っていたのだ。

 「礼は言わへん。うちがここでやってきた事考えたらな。そうやろう?」

 「間違いありません。・・・・・・これは、路銀の足しにでもしてください」

 ラキストは、そう言ってオールド・クリスタルを大和に手渡す。大和にその価値はわからないが、どこぞで金に換えろと言う事だと了解し、それを受け取った。

 

 大和は、ラキストに送られて街道に立っている。
 ・・・九岡の白い髪の女は、長くて30程度までしか生きられない。自分が20。これにラキストからもらった薬を考えれば、上手くすればあと20年は生きられるかも知れない。
 それは、自分の人生をもう一度やり直すに等しい時間。そう思うと、大和の心は不安と期待に高鳴った。
 
 さぁ、どっちに行こうか。日はまだ高い。歩けるだけ歩いてみよう。そう思った。


 終



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