− ヴァウ・ラウ −






 「では、道中お気をつけて」

 ラキストは、街道の真ん中でヴァウ・ラウを見送る。ヴァウ・ラウは一度も振り返らず、そのまま歩み去っていく。



 ラキストがその実験の全てを終えた時、ヴァウ・ラウはこう聞いた。

 「お前は、我々部族は滅びるべきだと思うか?」

 ヴァウ・ラウは、ここに捕らわれている間、ラキストから様々な知識を吸収していた。
 だが、セ族の村にいては一生知り得ない多くの知識を得ても、ヴァウ・ラウには答えが見いだせなかった。

 「・・・世の中には絶対などありません。形あるもの、ないもの。いずれは滅びますし、またその影では新しい何かが生まれます。・・・・・・ですが、それがいつ、どのように、と言われればそれは誰にもわかりません」

 ラキストは、そう言ってひとつの封書と銀印をヴァウ・ラウに手渡した。

 「・・・・・・それがあれば、あなた方の土地を奪おうとする者とも対等に話しは出来るでしょう。・・・ですが、それまでです。それをどう生かすかは、貴方次第ですが」

 ヴァウ・ラウは、黙ってそのふたつを手に取り、じっと眺める。

 「・・・・・・私が得たものと、失ったものを秤にかければ、得たものの方が大きい。だから、わたしはお前に礼を言う」

 ヴァウ・ラウは絞り出すような声でそう言った。

 「ギブ・アンド・テイク・・・というのは虫が良すぎる話ですね。貴方にした事は、私自身が許せる事ではないのです。が、こうする事で多少なりと贖罪をし、自分を慰めているのですよ」

 「・・・・・・お前は、不器用な男だ」

 「よく言われます。・・・・・・では、貴方の村までお送りしましょう」

 ラキストがそう言って手をかざそうとすると、それをヴァウ・ラウが制した。

 「良ければ、地図と路銀をくれ。道中で色々な物が見られるだろう。そうすれば、何か掴めるかもしれない」

 「・・・そうですね。その方が確かによろしいでしょう。・・・私が言えた事ではありませんが、あの日から時は経っている。それほど余裕はないと思った方が賢明でしょう」

 「・・・わかっているつもりだ」

 
 ヴァウ・ラウを見送って後、ラキストは思う。知らなければ何も考えずにすんだものを、知ってしまったがゆえに思い悩み、その結果知らなかった頃より良い結果を得られない事もあるということを。
 ヴァウ・ラウの部族内において、彼女ほどに見聞をもった者はおるまい。その中で彼女が支持を受けられるかと言えば、甚だ疑問であった。

 『誇りが失われる時、恐るべき腐敗が待つ』

 そんな散文がふと頭をよぎったが、それが彼女にとってどういう意味を持つのか、ラキストは考えないようにした。
 だが、ラキストは全て上手くいけばいい、と思わずにはいられなかった。

  
 終
 



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