「長い間、ご協力ありがとうございました。これにて実験は終了。今日よりあなたは自由の身です」 マズルカは、法衣に着替えた格好で、黙ってベッドに腰掛けている。目を閉じ、体の前で腕を組み、まるで禅でも組んでいるかの如く身じろぎひとつしない。 いつの間にか、マズルカの顔には深い皺が刻まれている。ラキストは、それを見て胸を締め付けられるように思う。 ここに連れてこられてから、およそ一年。マズルカは、ラキストがどんな言葉をかけようとも決して口をきこうとはしなかった。 本棚に収められた無数の魔導書。それも、何百年も昔より伝わる噂にしか聞いた事の無いような代物も多くあったが、それらの魔導書も一度も開かれた形跡がなかった。 「・・・では、あなたの部屋までお送りしましょう」 ラキストは、無駄だと知りつつもマズルカが口を開いてくれるのを待ってみた。が、やはり何の反応も返ってはこなかった。 そして、マズルカはふっと目を開き、恨みがましいような、泣き出しそうな、なんとも複雑な表情でラキストを見る。 だが、ラキストも目を背けない。 そうやって、どれほどの間見つめ合っただろうか? ラキストはふっと苦笑し、大声で言った。 「・・・花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ!」 そう言って、ラキストはマズルカの額に指を添える。 「これは、謝礼です。どうぞ受け取ってください」 ラキストは早口にそう言って、掌に乗るほどの金属板をマズルカのポケットに押し込んだ。 マズルカが受け取るのを拒否する間も持たせず、ラキストは次の瞬間にマズルカを”転送”していた。 「・・・あなたには、本当に感謝しています。マズルカ=ファントロゥ・・・」 ラキストは、マズルカのいなくなった無人の部屋で、いつまでもいつまでもたたずんでいた。 マズルカは、気がついた時にはアカデミーの正門前に立っていた。 「・・・・・・先輩」 最後に渡された金属板をマズルカは取り出して眺める。 およそ、今まで見た事もないような金属。そして、そこには同じように今まで見た事もないような文字が彫られている。 「・・・マズルカ?マズルカじゃない!いつ帰ってきてたのよ!」 マズルカは、こっちに向かって手を振りながら走ってくるセイの姿をみとめる。 セイは、その勢いのままにマズルカに抱きついた。 「・・・セイ」 「・・・・・・ほんと、いきなり『見聞を広めたい』なんて言って旅に出ちゃうんだもの。全然連絡もよこさないし、心配したわよ」 「・・・・・・ん」 ラキストの差し金だろう。やることなすこと、全てにおいてそつがない。 だが、それだけにマズルカの中ではラキストに対する疑問がつのるばかりだった。 改めて、金属板を見る。 「ごめん、セイ。近くまで来たから、ちょっと寄ってみただけなの。・・・・・・もうしばらく旅は続けようと思ってる」 「・・・・・え?そうなの?」 「うん・・・・・・調べてみたい事があるの」 「マズルカ・・・」 セイはひどく落ち込んだ顔をしてマズルカから離れる。 「あたし、マズルカが帰ってくるまではって思って、魔法院に残ったのになぁ・・・」 「ありがと。でも、ホントは卒検に受からなかったからとかじゃないの?」 その言葉に、セイはプッと頬を膨らませる。 「その言い方はないんじゃない?・・・・・・まぁ、半分はあたりだけど」 そう言って、二人は笑い合った。 「・・・もう行くの?せめて二、三日くらいいたらいいのに。皆あいたがってるよ」 「うん、でも、会うとまた行きづらくなるし。・・・・・・もう行くね」 後ろも振り返らず、マズルカはアカデミーを後にする。 ラキストから渡された金属板の意味。ラキストは、どういう意図をもってこれを自分に渡したのか。 ・・・先輩、私にはあなたのやろうとしている事も、やっている事も理解できません。けれど、それがどういう意味をもつのかは、知らなければならないと思います。 マズルカは、胸中でそうラキストに語りかける。金属板は、マズルカの手の中で日の光を受け、きらきらと光を放った。 終 |