− 狐々夜 −






 「長い間、本当にありがとうございました。貴方は今日から自由の身です」

 ラキストは、狐々夜の前に立ち、普段と何ら変わらぬ風にそう言った。
 狐々夜は、物も言わずラキストを睨み付ける。

 「その服は気に入りませんか?複製ですが、出来るだけ忠実に貴方が着ていた物を模したつもりなのですが」

 「・・・これであなたの顔をみなくて済むと思うと、せいせいするわ!」

 狐々夜は、一年近くここに捕らわれていた。その間、何度となくホムンクルスとの行為を強制され続けた。
 が、それ以外についてはラキストは極めて狐々夜に対して懇意であった。
 食べる物、着る物は言うに及ばず、長い間部屋にいる狐々夜のために、様々な本や娯楽を用意し、時にはラキスト自身が狐々夜の話し相手を務めることもあった。
 無論、狐々夜はそんなラキストに耳を貸すことはなかったが、時が経つにつれ、一言二言とラキストと言葉を交わすようにもなった。
 狐々夜とて、陰陽師のもとで修行を積んだ術者だ。その師匠が、小動物の生命と引き換えに術を行使しているのを何度も見ているし、また自分もそういった術を知らないわけではない。そういう意味では、ラキストがやっている事は理解できないではないのだ。その上で、自分に接する様を見ていれば、ラキストがどういった心境で、自分にその行為を強いているのかも想像がつく。
 が、それがわかったところで許せる事ではない。しかし、殺してやりたいほどに恨む事も出来ない。

 「・・・これは、今回のご協力に対する謝礼です。受け取れないというのであればここを出てすぐ捨てるも良し、売るも良し。その判断は貴方に任せます」

 ラキストは、そういってオールド・クリスタルを狐々夜に手渡す。
 しばらく躊躇した後、黙ってそれを受け取る狐々夜。

 「・・・・・・では、中央大陸ファルカス自治領までお送りしましょう。・・・では、お元気で。狐々夜さん」

 ラキストは、そう言うとパチンと指を鳴らす。狐々夜は、一瞬目眩を感じたかと思うと、一瞬の後にカイルの館の入り口に立っていた。

 「あ・・・」

 狐々夜の胸が、懐かしさとうれしさに高鳴る。が、すぐさまそれも頭の中の思いにうち消される。
 どんな顔をして、カイルに顔を合わせればいいのか。最早、自分は清い体ではない。そんな身で、カイルと結ばれるなど、誰も許しはしないだろう。いや、それどころか、カイルは自分の事を覚えているのか。すでに、自分はカイルにとってどうでもいい存在ではないのか。

 「・・・・・・狐々夜?」

 振り向くと、そこにはシュターンを連れ添ったカイルの姿があった。晩餐会にでも出た帰りなのか、正装した姿で呆然とした顔を向けている。

 「・・・・・・!」

 瞬間、狐々夜はとっさに逃げようとした。が、それよりも早く狐々夜の体をカイルの腕が抱きしめていた。

 「・・・・・・シュターンと言っていたんだ。ひょっとして、私たちは狐に化かされたんじゃないかって。考えてもみれば、狐の嫁入りなんて冗談にしてもできすぎだ」

 カイルの腕に抱かれているうちに、こみ上げてくるものを抑えきれず、狐々夜はぽろぽろと涙をこぼした。

 「カイル様・・・私・・・私・・・」

 「・・・いいよ。何も言わなくて」

 ややあって、シュターンがおもむろに口を開いた。

 「カイル様の言ったとおりになりましたな」

 「必ず戻ってくるって言ったろう?」

 そのカイルの言葉を聞きながら、狐々夜はカイルの体を強く強く抱きしめた。
 日は落ち、夕焼けが辺りを包む。その中にあって、狐々夜の橙色の衣がまるで燃えているように見えた・・・。


 終
 

 
 



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