− ジゼル −






 「では、道々お気をつけて」

 「はい。ラキスト様も、どうかご壮健でらっしゃいますように」

 ジゼルは、そう言うと一度頭を下げた後、まっすぐに街道を下っていく。


 ある日、ジゼルに対してラキストはこんな事を言った。

 「・・・・・・仮に、暗殺を行ったとしても、正義の側にいればそれは正当化されるものです」

 「どういう意味ですか?」

 「・・・さあ?私よりも、おそらく貴方の方がわかる事だと思いますが」

 ジゼルは、それには答えず、黙り込んだままだった。
 また、ラキストはこんな事も言った。

 「信仰と狂信は、紙一重なのですよ。ジゼル、あなたの胸中にあるのは、信仰ですか?狂信ですか?」

 「狂信だなんて・・・・・・」

 「これは、私の持論なのですが、人は常に自分を客観的に見られるよう心構えをしておくべきなのです。恋の情熱に浮かされることなく、戦場の絶望に潰されることなく。そうすれば、きっと正しい道が開けます」

 
 ジゼルは、ラキストのもとにいる間、祈りを捧げている時間が多かった。持参したシンボルを壁にかけ、ラキストが何も言わなければ日がな一日中祈りを捧げている。
 また、彼女はベッドを使う事も拒否して、床の上に毛布をかぶって寝るようにしていた。本棚の本にもほとんど手をつけた形跡もない。
 そうやって、ひたすらにホムンクルスとの”行為”に従事している彼女は、自ら罰を望む罪人の姿に見えた。

 
 ラキストは、ジゼルを見送って後、深々と嘆息する。
 宗教の罪は重い。周囲から見れば騙されている事が明白にわかっても、本人がそれを自分で理解し、認めない限り彼らはその言葉を決して受け入れない。
 宗教とは蛍のようなモノだ。光るためには暗闇を必要とする。
 ゆえに、ラキストはジゼルにはほとんど干渉らしい干渉をしなかった。

 「罪をみとめるのではなく、信仰の過ちを認める事が必要なのです」



 ジゼルは、ファルアレグ城に戻ると、まず第一に大聖堂に向かった。が、大聖堂の扉は平時だというのに固く閉ざされ、周囲に人の気配もない。
 ジゼルが扉の前で右往左往していると、その姿をみとめて一人の騎士がジゼルの前に歩み寄る。

 「君、名前は?」

 騎士は、ジゼルの前に立つとそう聞いた。

 「あ、はい。ジゼルと申します」

 「そうか、早かったね。先ほど、君の修業先の魔法使いから連絡があって、今くらいの時間に城に着くだろうから、ってね。時間ぴったりだ」

 騎士はそう言うと、ジゼルを手招きして廊下を歩きだした。
 ジゼルはその騎士についていきながら、思った疑問を素直に口にしていた。

 「あの・・・大聖堂、なにかあったんですか。司祭様や、僧正様方は」

 「ああ・・・実は、君が修行に出ている間、色々あってね。大僧正がお布施や様々な資金に関する帳面を弄って、それを懐に入れていたって言うんだ。それどころか、彼らはそれがばれないように、修道士を教育して自分たちの手駒となる暗殺者を育てていたって言うんだな・・・。だが、これが我が騎士団の一人が極秘に調査し、報告書をまとめて提出したおかげで全て露見。大僧正以下、ほとんどの司祭が首を斬られて、一ヶ月もの間城下に晒されていたよ」

 「え・・・・・・?」

 思わず、足を止めるジゼル。それに合わせて、騎士も立ち止まる。

 「ショックだろう?君は熱心な修道士だと聞いているから。けど、君以上に城内・・・いや、国民はショックを受けている。あろう事か、聖職者として最も尊い位にいた人間が首を斬られるような事になったんだから」

 ジゼルは、騎士の言う事が信じられれないという風に、呆然と立ちつくす。

 「君が修行に出ている間、アルテリア様も山賊の討伐で命を落とされた・・・。ようやく国も立ち直ってきたという時にこれだからな。けど、泣いてばかりもいられないだろう?まだまだやる事はたくさんあるんだから。君にもがんばってもらいたいな」

 「・・・そう。そうですか。・・・・・・・やっぱり、私のやってきた事は、悪い事だったんですか・・・」

 ジゼルは、ぽつりとそう漏らす。幸い、騎士の耳にはその言葉は届かなかった。
 
 「新しい君の部署に案内するよ。ついてきてくれ」

 そう言って、彼は自分と他数人の騎士の部屋へとジゼルを連れて行く。

 「君は、今日から我々の部屋つきのメイドとして働いて貰う。よろしく頼むよ」

 ジゼルは、まるで夢遊病にでもかかったかのように、その姿は儚げに見えた。
 ラキストが言った言葉が頭によぎる。

 「・・・おい、彼女、大丈夫なのか?どっか変じゃないか?」

 部屋にいた一人の騎士が、ジゼルを連れてきた騎士に耳打ちした。

 「なーに。久しぶりの城で、いきなりああだからな。混乱くらいはするさ。休めば、すぐによくなるだろう」

 
 ジゼルには、自分の身に起こった事を判断する力はない。彼女が自分の信仰と現実のギャップに堪えられるのかどうかは、神のみぞ知る問題で、またそれには多くの時間が必要になるのだろう。ひょっとしたら、ふとした事から暗殺者としての過去がばれ、首を斬られる事になるのかもしれないが、それもまた、どうなるかはわからない。

 終




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