− ジャン −






 「いままでご苦労さまでした。私の実験は全て完了しました。貴方のご協力に感謝致します」

 ジャンは、服を着替えラキストの前に立っている。涙ぐみながらラキストを睨み付けて。

 「あんた・・・あんたの事、絶対に許さない。もし、次に会ったら必ず殺してやるから!」

 「・・・ええ。ですが、おそらく私と貴方が再び顔を合わせる事はないでしょう。そう言う意味では、今この瞬間が最後のチャンスとも言えますが」

 「・・・嫌な男。何よ、それは?今あたしが何やったって絶対あんたを殺せっこないって知ってて言うんだ!」

 「そういう訳では、ありませんが・・・」

 ラキストは苦笑する。だが、それもまた事実なので、それ以上何も言う事は出来ない。
 そんなラキストの眼前に、ジャンは手を差し出す。

 「・・・ほら」

 「・・・ほら、とは?」

 ジャンは、ラキストを睨み付けながら、催促するように手を広げてラキストに向ける。
 
 「しらばっくれる気!?あんたの実験を手伝ったら、オールド・クリスタルをよこすって言ったじゃない!!」

 「・・・そうですね。確かに、言いました。ですが、その直後のあなたの行動でその話はチャラになったものと思いましたが」

 ラキストは、あまりに言われたままにしておくの癪なので、少しばかり嫌がらせをしてやろうと思いそう言った。案の定、ジャンは言葉に詰まる。

 「・・・な、何よ!細かい事をグダグダグダグダ!あんた魔法使いなんでしょう!それぐらい、ぱぱっと出して見せなさいよ!」

 「それは少々問題がずれていますが・・・まぁ、あまりこういう問答を続けていてもしかたありませんね」

 そう言って、ラキストは懐からオールド・クリスタルを取り出しジャンの掌に乗せる。
 それを様々な角度から眺めるジャン。

 「・・・・・・本物でしょうね」

 「本物ですよ。まぁ、私がこう言ったところで貴方には確認する術は無い訳ですが」

 「・・・本っ当に嫌な男!本物ならそれだけ言ってりゃいいのに!よけいな事までグダグダグダグダ!!」

 そうは言っても、ジャンはラキストがそういう嘘はまずつかないであろうということはここにいる間の経験で知っている。
 それでも、こういう言い方をせざるを得ないのが、ジャンだ。
 スコアラーはもとより、一時は体を売って生活をしていた事もあるジャンである。常に命の危険がある事は言うまでもなく、またその環境は過酷だ。
 そう言う意味で言えば、ここにいる間は”行為”を強要される以外は快適と言っても差し支えのない生活を送れるのである。また、ラキストは弟であるモンテに手紙を出す事も許可した。中身を確認もせずに、である。ひょっとしたら魔法か何かで確認していたのかも知れないが、少なくとも表面上はそういう雰囲気はなかった。
 だが、そこまでされたとしても、ジャンにもプライドがある。

 「ひとつ、忠告なのですがそのクリスタルを換金する際は多少面倒でも中央の都市にまで足をのばす事をオススメしますよ。ウェストサイドでは詐欺まがいに買いたたかれるか、でなければ殺されて奪われるかのどちらかかと」

 「そんな事、あんたに言われるまでもないわよ」

 ジャンは、いまだにラキストの事が理解できない。
 自分を無理矢理拉致してきて、あんな事を強要するくせに、それ以外の所ではこれ以上ないと言うほどに懇意。
 そんな事なら、最初から悪党なら悪党で通して欲しいと思う。それならこっちだってわかりやすいのに。

 「では、御達者で、ジャン=バル=ジャン。弟さん、良くなるといいですね」

 ラキストは、そう言ってジャンを中央大陸へ送り返した。



 「お姉ちゃん?」

 病院の一室。とは言っても、申し訳ばかりのベッドがあるだけの、簡素な部屋だ。そこに、一人の少年が横になっている。

 「やほ、ただいま、モンテ」

 入り口から、ジャンが顔を覗かせる。
 
 「・・・ここんとこ、忙しくてさぁ。顔出せなくてごめんねー」

 「お姉ちゃん・・・また、危ない仕事やってたの?」

 「違う違う。まっとうなお仕事よ。ちょっとねー、魔法使いの所で働いてたの。あいつら、ちょっと色々ズレてるからさ、すごい額のお給金もらったの。これであんたの病気も治せるわよ!」

 ジャンは、そういって弟の頭を抱きしめる。

 「お姉ちゃん・・・」

 これで、こんな所からもおさらばだ!そう思うと、ジャンの心は浮き立った。これからは、今までのような血なまぐさい仕事からも解放され、全く新しい生活がはじまるのだ。そう考えれば、今更ながら多少はラキストに感謝しようという気持ちにもなる。

 「ありがと、魔法使い。あんたは本当に最低な男だったわ」

 
 終

 



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