鳳来は、城の修練所ほどもあろうかと言うスペースで、ラキストと組み手を行っていた。 流れるような体捌き。それでいて、鳳来の打ち付ける拳も、脚も、一撃一撃が必殺の威力を持つ。 が、ラキストはそれらの打撃を事も無げに受け流す。そして、一瞬の隙に鳳来の体に打撃をたたき込む。寸止めだ。当ててはいない。 「・・・これぐらいにしておきましょう。もう動きにキレがありません。これ以上やっても、結果は出ないと思います」 ラキストは額に軽く汗をかいていた。が、鳳来は肩で大きく息をしており、ひざをつかんばかりに消耗していた。 「はっ・・・はっ・・・結局、お前、からは、一本も、取れ、なかったな・・・」 鳳来は、ラキストにここに連れてこられ、何か望む物はないかと聞かれた時、体を動かせる場所が欲しいと言った。それは、部屋から出る事が出来れば逃げ出すチャンスもあるのではないかという打算があって言った事だったが、結局逃げ出す事は不可能だった。 それ以来、鳳来はホムンクルス達との”行為”を強要される傍ら、ここで体を動かす事が日課になった。 だが、この部屋はそもそもラキストが自分が体を鍛えるために作った部屋であったので、鳳来は毎日ラキストがここで様々な武術の修練をするのを眼にした。 剣術、槍術、体術は言うにおよばず、鳳来が見た事も無いような武器もラキストは扱って見せた。 その動きは、鳳来から見ても入神の域に達していると思わせた。 ある日、鳳来は聞いた。 「貴様は魔法使いだろう。なぜそんな事をやっている?」 鳳来は、最初にここに連れてこられた時、ラキストがなんのために自分をここに連れてきたのか理由を教えられていた。 だが、ラキストは事も無げに答えた。 「健全な精神は健全な肉体に宿ると言います。だから、と言うのではないのですが、こうして体を動かす事で今までになかったようなアイデアが浮かぶ事も多々あるのです。ただ机と実験器具と本に向き合っているだけが魔導ではないのですよ。・・・これは私の持論ですがね」 鳳来がラキストに組み手を申し込むように時間はさほどかからなかった。もちろん、鳳来からすればここでラキストを打ちのめして、逃げ出すつもりであった。 しかし、純粋に武人としてラキストと手を合わせてみたいという気持ちも半分はあった。 が、結局鳳来はラキストに一撃も入れる事ができなかった。 そうするうちに、鳳来の頭からは逃げ出す考えは消え失せ、なんとしてもこの男から一本取るという考えに入れ替わっていく。 そうして、ある日突然鳳来はラキストから全ての実験が終わったので、自分を解放するという旨を伝えられる。 それ自体は願ってもない。が、このままでは引き下がれない。 だが、結局鳳来はラキストに一撃を入れることは出来なかった。 組み手を終え、鳳来は身支度を整え、ラキストの前に立つ。 「・・・貴様には、どれほど恨み言を言っても足りはしない。・・・最後に、ひとつだけ聞きたい」 「なんでしょうか」 「ここにいる間、お前と話し、手を合わせて思った事だ。お前は、心身共に優れた男だ。言う事は正論で、理想論でもあるがお前はそれを通しているように見える。・・・だが、お前がやっている事は正しいとは思えん。・・・・・・私だけではないのだろう?ここに連れてきた女達は」 面と向かってそう言われ、珍しくラキストは困ったような顔を見せた。 「わかりますか。たしかに、ここに来て頂いた女性は、あなただけではありません。また、ご想像の通りほとんどは相手の事など無視して強引に連れてきたのです。・・・なぜ、私がこんなことをするのか、と言えばこれが私の目的を達するために最も近いと思われる手段だからです」 鳳来は、黙ってラキストの言葉に耳を傾ける。 「・・・・・・誰かが得れば、誰かが失う。簡単な事です。そして、私は自分の目的を達するためには、あらゆる手段を講じる事をためらわないと決めました。それが、今回の結果に繋がったまでのこと」 「重要なのは、誰が正しいのかと言う事ではなく何が正しいのかと言う事だ」 「・・・フィスティアンの小説家の言葉でしたか?身につまされる言葉です」 鳳来は、そのラキストを見てふっと苦笑した。 「・・・犬にでも噛まれたと思おう。それならば、屈辱も忘れられる。その上で、貴様と手合わせできた事を思えば、これは運が良かったのか悪かったのかわからない」 「そんなことは」 「貴様と手を合わせられた武人が、世界中にどれほどいるのだろうな?もしも、貴様の事を世の中の戦士達が知れば、こぞって手合わせを申し込もう。そういう貴様から何度も手ほどきを受けた私は、その一事に限って言えば世の中の誰よりも幸運だった」 「・・・長く生きているので、経験がモノを言うだけです。遙か昔ですが、私と互角に渡り合った16歳の少年もいました。素質も必要でしょう。しかし、それだけでは十分でないことを自覚し、目的を持って努力しなければ、成功は得られません」 「・・・・・・そうだな。当然の事だが、貴様が言うと重みがある。改めて肝に銘じよう」 それ以上、二人に会話はなかった。最後に、ラキストは力の盾を無言で鳳来に返し、鳳来も無言でそれを受け取る。 気がつくと鳳来は、風の舞う平原のただ中にいた。ラキストが魔法で送ったのだ。鳳来は久々に感じる風を全身で受け止め、身を震わせた。 −世の中は、広いな。この分ならば、私が本当に求める自由も、案外その辺りに転がっているのかも知れない。− 終 |