− イーディ −






 「は!」

 ラキストの研究所にしつらえられた修練所。広さは、城のダンスホールほどもあろうかというほど。
 そこで、イーディは模擬槍を構え、ラキストと打ち合っている。

 「ふっ!」

 広い修練所に、イーディの息づかいと槍のふれ合う音だけが響く。
 それが一合、三合、五合・・・と際限なく続く。
 そんな打ち合いがどれほど続いたろうか?やがて二人は、お互いの槍の石突きを合わせ、終了の合図とする。

 「やっぱり、強いわね、あなたは」

 イーディは額の汗を拭いながら言う。
 
 「なに。亀の甲より年の功。それよりも、齢29にしてそれほどまで巧みに槍を扱う貴方のほうが、よほど才に恵まれていますよ」

 「見た目は、あなたの方がよほど若いのにねぇ。一種の詐欺じゃないかしら」

 
 イーディは、ここにいる間『何か必要な物はあるか』とラキストに聞かれた時、槍とそれを自由に振るえるスペースが欲しいと言った。
 槍を振っている間は、煩わしい事も忘れていられる。イーディなりの気持ちの落ち着け方だった。
 イーディは、基本的にラキストの言う事を疑うと言う事がなかった。
 それが彼女にとって良い事であろうが、悪い事であろうが、イーディはラキストの言葉を言葉通りに受け止め、それを受け入れた。
 ある日、ラキストがその事を尋ねた事がある。

 『貴方は、私の言う事を全面的に信用しているようですが、なぜですか?私は貴方にとって信用されるような事は何一つしていないのですが』

 『なら、あなたはなぜそんな事を聞くの?』

 『それは・・・・・・』

 『たとえ、敵でも信用できる人間はいるでしょ?・・・それに、あなたは嘘をつかないじゃない。とても私の事を気づかってもくれる。・・・・・・こんな形でなければ、良いお友達になれたかもしれないわよね』

 
 そうするうちに、イーディはラキストから様々な事を学んだ。暇な時は本を読み、時にラキストを話し相手に呼びつけ様々な事を話した。
 だが、ラキストはそうやってイーディとの親睦を深めても、彼女に”行為”を強いる事は止めなかった事は言うまでもない。
 逆に言えば、彼女はそう言った境遇に置かれながらも、それを強いるラキストと親睦を深めた事になる。

 『ひどいわよね、あなたは。わたし、まだ子供を持った事もなかったのに、無理矢理子供をつくらされて、挙げ句の果てその子供を実験に使おうなんて。人間のやる事じゃないわよね?』

 『・・・そうですね。我ながらそう思います』

 『でも、あなたの口からそういう言葉が出てくるのはなぜなのかしら』


 
 別れ際、イーディはラキストに握手を求めた。

 「あなたから受けた事は、とても辛かったけれどそれと同じくらい、有意義な事を学ばせてもらったと思うわ。・・・もし、あなたが良ければ、次に会う時は、友人として会いたいわ」

 ラキストは、苦笑しながらその手を握り返した。

 「はい。私もそれを望みます。・・・ですが、確約はできません。それに、そもそも再び貴方と私が出会う可能性は低いでしょう。ですが、私もあなたから様々な事を学びました。その事は感謝致します」

 「・・・あなたも、私と同じねぇ。嘘がつけない。・・・うちの主人がいつも言ってるんだけど、『正直なのは人に好かれる。でもそれじゃあ世の中渡っていけない』ですって。でも、私は正直な方がいいと思うわ」

 そう言って、ラキストはイーディをテルリッツの港へと転移させた。

 

 「ただいま、あなた」

 港では、ライデン以下その店で働く者、イーディから槍を教わった者、取引先で懇意にした者、実に多くの者がイーディを待っていた。

 「・・・・・・おかえり、イーディ。もう親御さんはいいのか?」

 人目もはばからずイーディを抱きしめながらライデンが聞いた。

 「え?・・・・・・あ、そうね。もうすっかり」

 とっさに、イーディはラキストが何か手を打ったのだろうと了解した。

 「まったく、お前がいないと、店が寂しくてなぁ。道場もすっかり人気がなくなって、まるで廃墟だ」

 「・・・ごめんなさい、あなた」

 イーディは、ライデンから体を離すと、彼女の帰りを待ちわびていた多くの人と挨拶を交わした。
 そうやって、人の波に囲まれながら、イーディはライデンにそっと耳打ちをする。

 「ね、あなた。私たちもいい歳だし・・・そろそろ子供が欲しいな」

 その言葉に、ライデンは年甲斐もなく顔を赤くし、小声で『そうだな』と言った。


 終




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