四十九日目

地下十階。そして、残す期間は後、二日。
そして、私達の前には玄室があった。

「・・・っ!ここに、セニティ王女が?」

入り口から様子をうかがいつつ、私は皆に尋ねる。
答えられる者などいるはずはないと知りつつも。

「・・・わからん、が、何者かが捕らえられているのは事実だな」

黒曜の言う通り、中ではならず者達が蠢いているのが見える。
時折悲鳴とも歓声ともつかぬ叫び声があがる所を見ると、中で誰かが陵辱されているのは疑いようがない。

「・・・行きましょう!」

誰が捕らえられているか。それはこの際問題じゃない。
大事なのは、私達が今この場に居合わせたと言う事実。

「うん!」

タンが大きく首を縦に振る。
そう。やるべき事はひとつだ。

「・・・キルケー、行きますよ?」

「ええ」

いつものように、リエッタとタイミングを合わせる。
リエッタが弾丸のように飛び出し、すぐさまその後を追う。
予め構築しておいた火球を解き放ちながら。

「おおっ!?」

「何だよ!?」

ならず者達が突然の闖入者にパニックに陥る。
私はとっさにならず者達の中心に目を向け、一人の女性がぐったりと横たわっているのを見た。
セニティ王女・・・ではなさそうだ。
けど、そんな事は今の私にとっては些細な事だ。
今は目の前の敵を払う。

「は、あぁぁぁぁぁぁっ!!」

瞬間的に剣に込めたマナを拡散、解放する。
私の振り抜いた剣より生じた無数の斬撃・・・撃剣破は一撃で十数人のならず者達を切り裂いた。致命傷を与えるまでには至らなかったが、戦闘力は奪ったはずだ。
外から伺っていて感じた印象ほどはならず者は多くなかったらしく、ほんの数分の戦闘でならず者は傷ついた者を抱えて我先にと逃げ出していった。

「・・・大丈夫ですか?」

リエッタがそう言って陵辱されていた娘の様子をうかがう。
念のため、私は他にならず者が残っていないか、辺りを警戒する。

「・・・浮かない顔ね?」

治療魔法が使えない私と黒曜はとりあえずリエッタとタンが治療を終えるまではこうして周囲の警戒に立つ事がほとんどだ。
いつもの光景ではあったが、黒曜は露骨に不機嫌そうな顔を隠そうともしない。

「・・・いや、致し方あるまい」

私は思わず苦笑する。先日から黒曜が私に再三功を焦るな、と説いていたのは何の事はない。自分に言い聞かせていたものだと悟ったから。

「・・・いいじゃない。私達、今までろくな活躍もしてなかったんだから。王女様を助けよう、なんて分不相応な事考える方がどうかしてたんだって」

我ながら黒曜を慰めているんだかなんだかわからない、情けない論調ではあったけど現実はそんなのものだ。
やれやれ、と私は嘆息する。

「それに・・・あの人クォーパーティにいた人でしょ?当のクォーさんだとか、他の人がどうなったかはわからないけど、ともかく助けられたんだからいいじゃない」

私はそう言って黒曜の肩を叩く。
が、黒曜は私の言葉を聞くや否や真剣な顔つきで何事か考え出したようだった。

「黒曜?」

「・・・いや。なるほど・・・。ひょっとすると、これは王女を救出するよりも大事かもしれんぞ」

黒曜はそう言って救出された女の人に視線を向ける。
丁度、リエッタとタンの治療が終わったようだ。

「大事・・・って・・・?」

この時、私は黒曜の言う事の意味を計りかねていた。



女の人はルビエラ、と名乗った。
顔もろくに見ていなかったから年齢も何も分からなかったけど、まだ14〜15際ぐらいの娘だ。
ここ数日ならず者達にさんざん陵辱されていたようで、大分消耗していたようだけど治療を受けた後は以外と大丈夫そうに見えた。若いからかもしれない。
当然、ルビエラを連れたまま探索を続ける訳にもいかず、私達はここで探索をうち切り地上を目指す事にした。

これで私達の冒険もお終い。
そう考えると重荷が下りたような、寂しくなるような思いに捕らわれたけどそれも一瞬。
地上へ戻る道すがら、ルビエラから驚くべき話を聞かされたからだ。

「・・・セニティ王女が・・・ワイズマン・・・?」

「そう言う事か・・・」

あまり順序立ててモノを話すのが苦手なのか、ルビエラの話はあちらへ飛びこちらへ飛びで解釈に少々戸惑ったが、それでも大筋は理解できた。

「・・・まさか、全ての黒幕がセニティ王女だったなんて・・・」

「さすがに、そこまでは予想できなかったわ」

私は思いも寄らぬ話にどうしていいかわからず、ただただ「そうだったのか」と言うしか出来なかった。
元々からしてよくわからない話だっただけに、これが真実だと言われても実感が湧かない。
けれど、クォーパーティの生き残りが彼女だけだとするなら、この真実を知っているのはここにいる五人だけ、と言う事になる。
もし、セニティ王女が他のパーティに救出されたとしてもそんな事を話す訳もない。
今の話が事実なら、そこでしらを切るぐらいの事はやってのけるだろう。

「・・・けど、確かに黒曜の言う通りかもね。セニティ王女は助けられなかったけど、事件の真相を知る事が出来たって言う意味では、はるかに大きな意味があったんじゃないかって思うわ」

私は特に他意もなくそう言ったんだけど、なぜか皆黙り込んでいる。その雰囲気に私とルビエラは首を傾げた。

「・・・そうですね。ひょっとすると、これは王女を救出するよりも、はるかに大事だと言えるかも知れません」

と、リエッタ。怖い顔をしている。

「・・・どうしたのよ?」

「わからんか?この事は、クルルミクに取っては絶対に知られてはならん事だと言う事を。それを知ってしまった我々は、国にとっては都合が悪い。ひょっとすると・・・」

消されるかもしれん。

黒曜は小さくそう続けた。
私はようやく皆の言わんとしている事を理解し、思わず背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「ま、さか・・・。そんな、一冒険者の言う事なんて真に受けるとは思えないわよ」

私はそう笑い飛ばそうとしたが、喉が渇いて上手く声にならない。

「ま・・・それならいいのだが。ただ、どちらにしてもこの事は口外せんほうがいいかもな」

そう言う黒曜は忍者・・・。つまり密偵だ。
どこの国から来たのかは知らないが、少なくともこの情報は私達と黒曜では価値観が違うのかもしれない。
けど、理由はどうあれそんな馬鹿げた事で皆が危険な目に合うような事は絶対に許さない。

「・・・大丈夫。いざとなったら、私が何とかするわよ」

いざとなれば・・・外交問題を持ちかけてでも皆を守る。
家の名前を出すのは不本意ではあるけど、事ここに至っては仕方がない。

「なんとか、って・・・。どうするつもりなんですか?」

リエッタがそう不思議そうに尋ねるのも無理はない。

「ん・・・地上に戻ったら、きっと話すわ」

今は、こういうしかない。
私達の冒険は終わったに等しいけれど、それでも、この龍神の迷宮にいる間は私はただのキルケーでいたかった。



地図もほとんど出来上がっているだけの事はあって、私達は一日で地下一階にまで戻ってくる事が出来た。
この迷宮にいるのもあと、一日。
お風呂は恋しいし、暖かい食事もしたいけれど、それ以上に、皆との・・・この冒険との別れが近づいているのが寂しい。

「・・・タン?」

その夜。毛布をかぶって張り番に立つ私に、タンがすり寄ってきた。
リエッタ、黒曜、ルビエラはさすがに疲れからか死んだように眠っている。

「・・・もう地上はすぐだけど、ちゃんと眠っておいた方がいいわ。疲れているでしょう?」

私はそう言ってタンの頭を軽く撫でる。
すると、タンは私の腰にぎゅっと抱きついた。

「キルケー・・・キルケーが、どこの人だとしても・・・キルケーは、キルケーだよ」

呟くように、けれど力強くタンはそう言った。

「タン・・・」

私はタンの頭を強く抱きしめた。


ああ・・・もう、お終いなんだ。
今更ながらそう実感して。







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