四十八日目 その広間は一際天井が高く、また空間そのものも広大だった。 特別な場所なのだろうか?等と考えるまでもない。 ここが『龍神の間』である事は疑う余地がないからだ。 そう。部屋の中央に、巨大なドラゴンが鎮座ましましているのだから! 「これが、ドラゴンルーラー・・・っ!?」 気圧されるな、と言う方が無理と言うものだ。 だが、ドラゴンは身じろぎひとつせず静かに私達を見下ろしている。 少なくとも敵意は無さそうだ。 私達が身を固く硬直させていると、ドラゴンがおもむろに口を開いた。 ・・・いや、口を開いたと言うのとは少し違う。 ドラゴンの言葉は、直接発せられた声ではなく、私達の頭に直接響いてきたのだから。 『最下層に跋扈する魍魎どもはヒトの身に過ぎぬ汝らには少々手強き者共よ。今の我はここを動くことかなわぬ。されど汝らの力推し量る事は出来ようほどに、《証》を得られる力 汝らに備わっているや否や、腕を試してゆくか?』 つまり、力試しをしていくか?と言う事か。 以前聞いた話では、ドラゴンの試練を乗り越えなければ地下10階には進めなかったはずだ。 と言う事は、結界が消えたためにドラゴンの承認がなくとも下に進めるようになったと言う事だろう。 そりゃ、クルルミクに仇なす者であればドラゴンは容赦しないだろうけど、私達冒険者は勿論その範疇ではない訳で。 「龍神様!私達はただ、先へ進みたいだけなんです!」 渡しは思わず両手を広げそう叫んでいた。 自分でも何でそんな事を叫んだのか、この時は分からなかった。 けれど、ドラゴンは私の言葉に少し考えこんでいるようにも見えた。 『・・・汝らはまだまだ力量不足也。この先に跋扈する怪物どもには歯が立たぬであろう・・・。それでも先へ進むか?』 「力不足は承知しています。けれど、方法はあるはずです」 私に合わせるように、リエッタがそう言ってくれた。 タンと黒曜はじっと私達と龍神の言葉に耳を傾けているように見える。 『細心の注意を払い最下層を探索せよ』 「・・・ありがとうございます、龍神様」 リエッタはそう言って胸元で何やら印らしきものを切り、祈りを捧げるような仕草を見せた。 「皆、行きましょう!」 リエッタに促され、私達は龍神の足下をすり抜け、地下10階へ続く階段を進んだ。 その間際、龍神の瞳が私達を慈しんでくれているように感じたのは気のせいだろうか? 「・・・しかし、どういう事なんだ?」 下へ続く階段の途中、黒曜がそう呟いた。 曖昧な言葉であったが、黒曜が言いたい事はわかった。 だが、私が言うよりも早くリエッタが口を開いた。 「・・・キルケーの気持ちは私にもわかりました。龍神と戦って、認められればいいですけど、認められなかったら?力不足だった、と言って諦めますか?私達が今成すべき事は、セニティ王女を助け出す事。ワイズマンを倒す事じゃありません。それなら、方法はあるはずでしょう?」 「リエッタ・・・」 私が感じた事は、私以上にリエッタが明確に言葉にしてくれた。正直、龍神に対してとっさに口を開いた時はそこまで明確な意思があった訳ではないけど、言葉にすればリエッタが言った事そのものなのだ。 「なるほどな。・・・ま、わかる話ではある」 完全に納得した訳ではないのかもしれないが、それ以上黒曜は何も言わなかった。 確かに、無茶かもしれない。それでも・・・。 「大丈夫・・・。きっと、なんとかなる、よ」 「ん・・・」 私はそう言うタンの頭を軽く抱いてやる。足下ではウェルフが頭を寄せている。 そりゃ、誰かが怪我するとかしてこれ以上進めない、ってなったらそれ以上無茶をするつもりなんてない。でも、そうならない限りは、やれるだけの事をやりたい。 「・・・しかし、気付いたか?」 「何が?」 しばし会話がとぎれた後、おもむろに黒曜が口を開いた。 「さっきの龍神の間だが、他と違って床の埃が激しく乱れていた。一部煤けていた壁もある。・・・おそらく、ほんの最近、ここで龍神と戦った者達がいる」 「・・・本当に?」 私は龍神の威容に圧倒されてそんな所まで全く気が回らなかった。 「おそらくな。その者達が龍神のお墨付きをもらって下に進んだのか、それとも引き返したか、9階でまだ燻っているのかはわからんが、な」 「・・・なら、少なくとも期間内に地下10階まで到達しうるパーティが私達だけではない、と言う事ですね」 「そっか・・・」 リエッタが黒曜の言わんとしている事を代弁してくれて、私はようやく理解する。 私達だけじゃ、ないんだ。 そう考えられる事はとても心強い。 「・・・どのみち、おふれが真実なら後二日で竜騎士団が大量投入されると言う話だ。王女を捕らえているのがギルドの連中だとしたら、当然その事も理解しているだろう。となれば、どのみち後二日で決着をつけねばなるまい」 後、二日。 もうなんの想像力も働かない。 とにかく、私は私の出来る事を全力でやるしかないんだ。 「・・・少し、冷えるわね」 私は鳥肌が立っている自分の腕をこすり、迷宮の奥を見やる。 延々と続く闇は私達を飲み込もうとしているように感じられた。 |