四十七日目

地下九階、守護龍神の間。
地下八階、彷徨の迷宮とはうってかわってその荘厳な雰囲気に肌がピリピリする。
『龍神』が近いのかも知れない。

「ね、龍神、ってどんなのだと思う?」

私は重い空気に耐えかねてそう口を開いた。

「どうでしょう。普通に考えれば誰もが想像する『ドラゴン』そのものをイメージします」

リエッタがうやうやしく口を開く。
化け物やならず者の類が現れなければ、静寂そのものと言っていい空間なのでその声は小声でありながらよく響いた。

「言い伝え、伝承が事実であれば、龍神は現存する数少ない成竜の一体・・・タンの中の賢者はそう言ってる」

と、タン。つまり、それはいわゆる本物のドラゴンだと言う事だ。

「ドラゴン、か・・・」

「気負うなよ、キルケー。言っただろう?それに、何も我々はドラゴンを倒しに行く訳じゃない。10階に通してもらえれば、それでよいのだ。クォーパーティもおそらくそうやって地下10階まで行ったであろう事を考えれば、我々に出来ないとは言えんさ」

黒曜が私の肩に手を置いてそう言った。
なんだか最近は私が問題提起をして最終的に黒曜が私をたしなめる流れが出来ているような気がする。

「ん・・・そうね。分かってる。無茶はしないけど、自分の出来る範囲で全力を尽くす。・・・でしょ?」

「ま、そういう事だ」

薄く張りつめた空気の中に一瞬穏やかな空気が混ざる。
緊張しているのは私だけではなかったようで、そのわずかに弛緩した雰囲気だけで肩の力を抜く事が出来た。

「・・・おいでなすったか。いつもより、少々多いな」

「・・・っ!」

こんな状況で現れたハイウェイマンズギルドの連中は、不運だったと言わざるを得ない。
数は多い。セニティ王女を捕らえているのにハイウェイマンズギルドが噛んでいるとすれば、言うなれば本丸が近いのだから当然とも言えた。
だが、今の私達は、気力、体力、共にもてあましているぐらいなのだ。
ドラゴン前の前哨戦には物足りないとさえ言っていい。

「・・・行け、ライオットトルーパー達!!」

私の声に応え、無数の人形兵士達が飛び出す。
場は一瞬にしてさながら一軍同士のぶつかり合いの様相を呈した。
その乱戦の中、私はならず者共をいなしながらある事を試していた。

魔法剣だ。

いわゆる魔力付与術と剣技を融合させた魔術剣技。
剣を自分の腕の延長だと意識できるほどの一体感と、高度な魔術行使能力が必要だと言われている。
私が、実際に魔法剣見たのはあいつの所でほんの数回。
でも、ひょっとして、今なら。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

私は剣先に収縮したマナを剣を振り抜きつつ解放する。
解放されたマナは渦を巻き、十数人のならず者を薙ぎ払った。

(・・・出来た!?)

が、以前見た時ほどの威力はない。何より、剣の速さと魔法の威力を兼ね備えるのが魔法剣の最大の利点であるはずなのに、マナの収縮に時間がかかったものだから、結局はタンが使う魔法と同じか、それ以下の威力しかなかった。
が、それでも出来たのだ。
乱戦の中、私の放ったそれはリエッタや黒曜にしてみればタンが放った魔法としか思ってはいなかったと思う。だから戦いの後、タンと私のやりとりに二人は首を傾げていた。

「キルケー!さっきの・・・」

「ん・・・撃剣破とかって技のはずだけど・・・本当はあんなもんじゃないんだけどね」

「そんな事、ない。魔法剣士でも、魔法剣が使えるのは、相当な実力が無いと出来ない、って、タンの中の賢者は言ってる」

「・・・ありがと。まだまだ、精進は足りないけど・・・そう言ってくれると嬉しい」

私はふっと息をつきながらタンの頭を撫でてやる。
思ったよりも消耗が激しい。ドラゴンはもう間近だって言うのに、ちょっと無茶だっただろうかと思うが、いざって時の事を考えれば今しか試す機会はなかったんだ、と自分に言い聞かせる。

私は思わず自分の右手を眺める。
いつの間にか随分傷だらけになってしまった。
たかだか二ヶ月程度の事ではあるけれど、それでも、今、確かな手応えを感じている。
今の魔法剣にしても、この剣が無ければ多分出来ないだろう。でも、タンが言う通り、この剣が今私の手にあるのが、あるべくしてあると言うなら・・・。

私はドラゴンとの遭遇に、そしてあとほんの数日を残すばかりになったこの冒険に、決意を新たにする。
どんな結果になろうとも、後悔しないように全力を尽くす、と言う事を。







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