四十六日目

地下八階、彷徨の迷宮を文字通り彷徨う私達の前に、その人物は唐突に現れた。

「我が名は転送師マピロウ。これまでは実力不足の冒険者を最下層に向かわせぬよう、町に帰してやっていたのじゃが、我ら三姉弟、さる御方の頼みを聞き、少しでも多くの冒険者を下層へ向かわせるべく、迷宮内を徘徊しておる。汝ら、更なる下層へと急ぐか?」

ローブを纏った老人はそう言った。
そう言えば、そんな話を酒場で聞いたような気がする。

「・・・どうする?」

誰に聞くともなく私はそう尋ねた。
勿論、私としては下に行きたいけど・・・。

「・・・行きましょう。この階にとどまる理由はありませんから」

すこしばかり逡巡を見せたが、はっきりとリエッタはそう言った。

「うむ。どのみち今日か、遅くとも明日にはこの階も抜ける予定だったのだ。渡りに船というやつだろう」

「うん、行こう!」

黒曜とタンも同調する。そう来なくっちゃ!

「ふむ、ならば行くが良い。3階層分降ろしてしんぜよう。と言っても、最下層に対してはいかなる転移の術も介入が許されておらぬゆえ、我が運べるのは9階までのみじゃ。見事《王女》を助くる事、期待しておるぞ」

その言葉を聞くや否や、私は軽く目眩を覚え、目の前が飴のように歪むのを感じた。
と、次の瞬間には私達は見知らぬ床の上に立っていた。
天井は高く、通路もさほど枝分かれしていない。おそらく、ここが九階なのだろう。

「・・・ここが、九階?」

「先ほどの話が事実なら、そうでしょうね」

私達はそう言いながらゆっくりと歩を進めた。
ドラゴンがいる、と言う階だけあって空気が重い。それに、ワイズマンが放ったと言う(今となっては本当か嘘か分からないけど)化け物の類も相当強力になっているはずだ。

「さすがに、九階ともなると雰囲気が今までとはまるで違うな・・・どうも、何者かに見られているような気さえする」

周囲を見回しながら黒曜がそんな事を言う。
たしかに、言われてみればそんな気がする。

「龍神・・・に、見られているんでしょうか」

「かもしれないわね」

龍神・・・か。一体どんなモノなんだろう?
ドラゴン・・・とくに、飛竜に類するような亜竜とは違う本物の竜族。大昔の大戦とか、出なければおとぎ話に聞くような存在。そんなモノが、本当にいるんだろうか?
そして・・・もし、本当にいるんだとしたら、私達はそれと戦う事になるんだろうか?
ドラゴンの姿を想像し、私は思わず身震いする。
私の気持ちを察するかのように、ウェルフが私を見上げているのに気付いた。

「・・・大丈夫。大丈夫だから・・・」

不安げな表情でもしているんだろうか、などと考えながら私はウェルフの頭を軽く撫でてやる。

「キルケー・・・?」

「タンまで・・・大丈夫よ。ドラゴンって、どんなのだろうって想像してただけだから」

タンまでが不安そうな顔でこちらを見てくるものだから私は思わず苦笑する。
大丈夫。クォーパーティだって、ドラゴンと戦ったはずなのだ。
それなら、私達だって。


その後、私達はゆっくりと先を目指した。
その道中、化け物やならず者の襲撃も受けたけど、今の私達ならこの階層の化け物相手でもなんとかなるみたい。
それと、言い忘れていたけど先日タンが面白いモノを見つけていた。
ライオットトルーパー、って言うらしい魔法人形の兵士達。
普段は箱の中で小さくなって収まっているけど、ならず者共が相手になると大きくなって連中の相手をしてくれる。
化け物の類には反応しないのが難点と言えば難点だけど、それこそ一軍を率いているような気にさせてくれてなかなか気持ちがいい。
で、この兵士達に指示を出しているのは主に私。
皆で色々試してみたところ、私の言う事を一番よく聞くから、と言う理由で。
まぁ・・・当然と言えば当然かもしれないけど、今あえてその理由を言うような事はしない。
必要がないからもあるし、こう言う時に少しでも皆の気持ちに変化を与えるかも知れないような事は言うべきじゃないと思うから。

・・・でも、もし、この冒険が終わって、その事を皆に話したら。
それでも・・・皆、今のままでいてくれるだろうか。
そんな事も考えて、すこしだけ怖くなる。

・・・やめよう。余計な事だ。
全部、終わってから考えよう。終わって、から・・・。








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