四十五日目 あと、五日・・・・! そう正式におふれが出された。 何でも、ワイズマンがセニティ王女と入れ替わっていたらしく、それを見抜いたハウリ王子の命で近衛の騎士がワイズマンを討ち果たしたとの事だ。 だが、セニティ王女はいまだ捕らえられたまま。 五日後に隣国グラッセンと停戦協定が結ばれる動きらしく、協定が結ばれれば竜騎士が投入されセニティ王女の救出に向かう事になるらしい。 つまり、私達冒険者はそれまでが勝負。 「結界がなくなった、って事はハイウェイマンズギルドの連中も10階に行けるって事・・・よね?」 「そう言う事でしょうね」 私達は地下八階をタンとウェルフに導かれるままに進みながら突如大きく動き出した今回の事件について話し合い、整理をしていた。 「五日、って。そんな悠長な事言ってていいのかしら?自分の国の王女様がならず者の毒牙にかかっちゃうかもって時に・・・」 「ま、王女なんぞと言いつつも王位継承権辺りのゴタゴタでセニティ王女が国にとってどこまで重要な人物であるか・・・その辺りの思惑もあるんだろうがな」 私達はゆっくりと歩を進めながら推測を重ねる。 その途中、また七階の時にあったヤミ商人とか言う奴から取引を持ちかけられた。 ようするにこの彷徨の迷宮を楽に抜けられるようになるアイテムと私達の誰か一人を交換しないか、という事だ。 「悪いが我々には間に合っておるよ。他を当たるんだな」 そのヤミ商人が言うやいなや、黒曜がそう即答した。 先日話し合いとか相談がどうとかって言ったのは他ならぬ本人じゃない?だから皆思わずあっけにとられたけど当の黒曜は「だから先日相談したんだろう?」と言ってウィンクをしてみせた。 こういう人なのよね・・・黒曜って。私は思わず微苦笑をうかべた。 その後、この複雑な構造の迷宮でどうやって私達を見つけるのか、何度目ともしれない化け物、ならず者の襲撃を受けた。 ならず者はともかく、化け物は甲冑を着た鎧武者風のかなり手強い奴だ。 でも・・・。 「はあぁぁぁぁぁっ!!」 以前ほどの怖さはない。勿論皆の力を合わせているからではあるけど、先日手に入れた剣はそれ以上の手応えを感じさせてくれた。 「・・・しかし、最初に会った時とは別人のようだな」 戦いの後、黒曜がそう零した。 「褒め殺しって奴?私、褒められると図に乗っちゃうタイプだからあんまり褒めない方がいいと思うんだけどね」 自分でもどこか有頂天になっている自分を感じて、それを諫める意味でもそう口に出して返す。 「・・・拙者も今まで色々な武芸者を見てきたが、すでにキルケーの腕前は拙者に知る限りでは熟練の域を超えつつあるな。それは、事実だ」 「ん・・・タンもそう思うよ」 神妙な顔でタンまでそんな事を言う。 「世の中、スゴイ奴はいっぱいいるわよ。私なんて・・・」 それは嘘偽りない正直な気持ちだ。少なくとも、あいつと比べれば・・・。 「・・・いや、事実だ。だがな、キルケー。これだけ短期間にそれだけ腕を上げたと言うのはその剣を差し引いても相当なものだ。だからこそ、その反動を感じるのだ」 黒曜の言葉に全員が思わず足を止め、黒曜に視線を集める。 「・・・反動?」 「率直に言おう。確かに、剣の冴え、状況を洞察する力、瞬発力、精神力。それらは確かに鍛えられてはいる。が、それらはカンやセンスによるところが大きいだろう?そうではなく、肉体はどうだ。正直に言って、体が追いついていない。そう言った『攻め』に偏重した今のお主はバランスが取れているとは言い難い。心と体のバランスが取れていなければ、いずれ・・・ひょっとするとそう遠くないうちに足をすくわれかねんぞ?」 黒曜は一言一言かみしめるようにそう言った。 私は思わず口をへの字に曲げて押し黙る。 「で、でも黒曜!体も、すぐについてくるよ!キルケーなら・・・!」 タンが慌ててそうフォローしてくれるが、黒曜は首を横に振った。 「・・・違う。本来、技も心も肉体も同じように成長していくものなのだ。それにこれだけ大きな偏りが出来てしまった以上、必ずどこかで狂いが生じる」 「で、でも・・・」 そう抗弁してくれようとするタンの肩を私は軽く叩いて黒曜に向き直る。 「ありがと、タン・・・でも、黒曜。そこまで言うけど、じゃあ具体的にどんな反動があるって言うのよ?」 確かにバランスが悪い、と言うのは言われればそうかもしれない。 でも、成長していると言う事には間違いないはずで、そうであればそれはどうであれ喜んで然るべきなんじゃないのだろうか? 「・・・何、ひょっとして嫉妬してるとか?私がこれだけ腕を上げたから?」 ・・・思わず、そんな言葉が口をついて出た。誓って言うけど、決して本心じゃない。こう、勢いに任せちゃうところがあるのは悪い癖だってわかっているはずなのに。 「図に乗るな!」 案の定、そう黒曜に一喝され私は身をすくめさせた。 「・・・大声を出してすまぬ。だが、それが反動だと言うのだ。技に体がついてこなければ心もついてこぬ。事実、お主は今までさんざん我々の身を案じ、動いていたが今はどうだ?にわかに手柄をあげるチャンスが来ればその事ばかり考えているんじゃないのか?」 私は思わず図星をつかれ思わず言葉を失う。 確かに、私は自分達が・・・自分こそがセニティ王女を助け出すんだ、と考えている。 冒険を切り上げたい・・・なんて言ったのはつい先日の事だって言うのに。 「力と言う奴は人を容易に狂わせるものだ。拙者は今までそういう人間を何人も見てきている。キルケー・・・お主にはそうなってもらいたくないと思うがゆえの忠告だ。老婆心と笑ってくれてもいいが、な」 話しすぎた、とでも思ったのか黒曜はそこまで言ってぱっと言葉をきった。 黒曜の言いたい事はわかった。でも、それに反発したい自分がいて、さらにそれを否定したい自分がいる。 ひとつ、はっきりしているのは。 黒曜の言葉は私を心配してくれているが故のものだと言う事だ。 そう思うと、私はいても立ってもいられなくなって思わず黒曜に抱きついていた。 「・・・ありがとう、黒曜。忠告、しっかり叩き込んでおくから・・・」 「う、うむ・・・」 「大丈夫。キルケーなら、きっと、上手くやれるよ・・・!」 タンがはにかみながらそう言ってくれた。リエッタも「そうですよ」と同調してくれる。 皆の気遣いが嬉しい。 「し、しかし、キルケー。お、女同士とは言えそう簡単に抱きつくもんじゃあないぞ」 黒曜が体を離しながらそんな事を言う。 何かおかしいだろうか? 「だって・・・そういうものじゃない?」 私がそう言うとなぜか黒曜とリエッタが苦笑した。ちょっと顔が赤い気がする。タンはあんまり表情が変わらないけど、ちょっと顔が赤くなってるのは同じ。 理由がわからない。ロブスターワインのせいだろうか? その後。私達は歩を進めながら先ほどの話の続きをしていた。 「・・・キルケーの反動云々の話にも通じるのだが、どうにもうさんくさいとは思わぬか?」 「うさんくさい、とは?」 「大体が、このワイズマン討伐だ。クルルミクから出たおふれの全てが真実だと思うか?いや、仮に真実だとしても、我々冒険者に話されていない真実もあるんではないか?」 「まぁ、それはあるかも」 「ん・・・」 「出来すぎている、と言うのか。クォーパーティが何故帰ってこないのか。何を見たのか。それを我々は全くしらん。だからこそ、キルケーのように今がチャンスかもしれないからと言って功を焦るのは危険じゃないかと言うんだ」 「・・・確かに、そうですね」 「そう、かも」 「ん・・・」 「黒曜のおっしゃる事はよくわかりました。けど、私としてはそう言う部分を抜きにしても我々は今までのやり方を貫くべきだと思っていますから。キルケーがどうしたいと言っても方針を変えるつもりはありませんよ。タンだって、そうでしょう?」 「うん。皆が無事なのが、一番大事、だから」 「フフ・・・ま、そういう意味では杞憂であったな。キルケー一人がやっきになった所ではじまらんものな?」 皆にそうたたみかけられ私は思わず頬を膨らませる。 「・・・信用、ないなぁ。私、そんなに無茶しそうに見えてた?」 「あはは。黒曜ほど洞察出来ていた訳ではないですけど、キルケーが妙に浮き足立っているというか、ソワソワしているのは誰の目にもあきらかでしたからね」 「うん・・・。タンは、キルケーの事信じてる・・・。でも、今のキルケーは、ちょっと、そわそわしてるって、思う、よ」 タンにもそう言われてしまう。私は深くため息をついた。 「ん・・・無茶はしない。約束する」 「・・・けど、私も人の事は言えませんけれど。私達がセニティ王女を救出出来る可能性が高いと思えば、やはりどうしても気持ちが高ぶってしまいますから・・・。だから、と言う訳でも方針に矛盾する訳でもないですが、当然最善は尽くそうと思っています」 「それはそうだ。そこを否定するつもりは拙者もない。ま、あんまり浮かれすぎて足を踏み外すような事はするなよ、と言う事だな」 「りょーかい。今まで通りに、って事ね」 そんな他愛のない談笑が自分の気持ちをこんなに落ち着けてくれるとは思わなかった。 今はもう自分が強くなった、なんて自負もない。今まで通り、自分に出来る事を最大限やると言う気持ちだけだ。 そして痛いほど感じる。皆の情を。『友達』なんて言葉だけでは言い表せない気持ち。 昔の自分がどれほど寂しい存在だったかも思い出し、少しだけ胸が痛む。 ああ・・・でも。 後、五日。 後、五日で・・・この、冒険もおしまいなんだ・・・。 きっと、残りの五日で何があったって私は後悔しない。仮に、皆が生きて帰れないような事が起こったとしても、それはそもそも皆と出会えなければ起こらない事なんだから。 今、あいつが言っていた事を鮮烈に思い出す。 明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。 仮に、残りの五日が私の人生の全てだとしても、それで良い。それで良かった、と思えるように全力を尽くそう。 |