四十四日目 「おっ、お客さんだな」 突然、天井から降ってきた声に私達は思わず身構えた。 「おれはヤミ商人だ。金次第で誰とでも取引してる。もちろんギルドともな、けけけ」 天井の上から聞こえてくる、って事はどういう方法かで上の階から話しかけてきているって事なんだろうか? 「アンタら、魔封じエリアで随分苦労してるんじゃないのかい?ひいふうみいと、三人も影響を受けてるじゃ無いか。この"剣の仮面"を買わないか?代金はお前らの仲間の一人だ。誰でもいい、こっちに寄越しな。そいつと引き換えてやるよ。もちろんその女はすぐにギルドに売り渡させて貰うわけだが・・・」 「冗談じゃないわ!」 私は思わず声を張り上げていた。 「おっと、そういきり立ちなさんな。ギルドはおれの取引相手だが、別におれはギルド側の人間じゃ無い。売り渡した女がすぐに逃げようが助け出されようが、知ったこっちゃないのさ。自力で捕らえた女じゃなければ、連中も大した人数じゃ見張らないからな。犯られる前に逃げ出せる確率は充分あるぜ?けけけ」 「折角のお申し出ですが遠慮させて頂きます」 リエッタがそう即答する。そんな丁寧に応えてやる必要ないのに。 「ふん、そうかい。まあ、ムリにとは言わねえさ。散々苦労して、気が変わったらまたよろしく頼むぜ、くくく」 そう言って男の声はだんだん遠のいていった。今の感じからすると七階に来た魔法使い絡みのパーティにはああやって何度も声をかけていたんだろう。 「全く・・・冗談じゃないわよ」 「ええ。全くです」 私とリエッタは顔を見合わせて頷く。タンも当然同意しているが、黒曜がちょっと微妙な顔をしている。 「まぁ、何だ。気持ちは分かるが、一言相談してしかるべきではないか?キルケーは強がっているが魔法が使えぬと言うのはかなりリスクは大きいだろう?場合によっては拙者が人質になると言うのも選択肢としては」 「黒曜!」 私は思わず黒曜の胸ぐらを掴み挙げていた。 「・・・どういうつもりだ?手を離してもらいたいが」 私は思わずはっとなって手を離す。 「ご、ごめん・・・でも、そんなの、必要ないし・・・もし必要だったとしても、そんなのいけないでしょ・・・?」 自分が後先考えずに感情だけで行動してしまったのは事実だ。でも・・・。 「・・・ま、仮に相談したとしても1対3ではな。しかし、キルケーにせよリエッタにせよ、感情・・・自分の気持ちだけで行動するのではどんな過ちを犯すやもわからん。そう言うところは肝に命じておくべきだろうな」 「黒曜・・・すみません。おっしゃる通りです」 「ごめん、黒曜・・・。いつもいつも・・・。私達が自分のやりたいようにやれるのはいつも黒曜がこんな風にブレーキになってくれてるからだって、感謝してる。汚れ役ばっかりやらせてるのもわかってる。だから、その・・・ごめん」 私がそう言うと黒曜は乱暴に私の頭を撫でた。 「そう言うところがうかつだと言っておるんだ。・・・ま、お主達のそう言うところは嫌いではないと前も言ったろう?まぁ、年長者の愚痴だと聞き流せ」 私達はもう一度黒曜に「ありがとう」と言って歩みを進めた。 「あ・・・?」 思わず漏れたタンの声が私達の次の道を示していた。 下への階段だ。 「ふう・・・。これで魔法ナシの生活ともおさらばって訳ね」 「でも、きっと地下八階ともなれば今まで以上の厳しさがあるでしょうね」 何て事を言い合いながら、私達は地下八階へとたどり着いた。 「う・・・?」 地下八階に降り立った私は思わず呻き声を漏らす。 壁、床、ありとあらゆる部分の構造が滅茶苦茶で、道も何もわかったもんじゃない。 今までの階層とは根本から構造自体が異なっているのだ。 「・・・彷徨の迷宮」 タンがそうつぶやいたのは、酒場で聞いた地下八階の呼び名だった。 「なるほど・・・彷徨の迷宮とはよく言ったものだわ。これは骨が折れそうね・・・」 私は思わずため息をつく。こういう面倒なのは性にあわない。 と、私達の不安を吹き飛ばすようにウェルフが大きく吼えた。 「任せろ、なんて言ってるみたいですね」 「・・・案外、実際にそう言ってるのかも。ここはタンとウェルフにお願いってとこね」 「うん。頑張るよ」 タンの口調はいつもと変わらない。が、魔法が使えるようになったのもあるのか、その声は普段よりもほんの少しハリがあるようにも感じる。 私達はタンとウェルフに誘導を任せて先に進んだ。 細い穴のような通路を腹這いで進んだり、石造りのスキマにしか見えないような場所を横歩きで進んだりといつもの倍は体力を使う感じ。 まぁ、そんな場所でも化け物は出るしならず者共も出る。連中はここの構造を理解しているのか逃げる時もほとんど一直線に逃げ去っていった。 「やれやれ。連中の一人を捕まえてここの構造でも聞き出せば良かったかしら」 私がそんな事を言っていると、タンが何やら床をごそごそやっている。 タンがタイルをひっぱがすとその下にはかつてここにやってきた冒険者が使っていたのか、色々な装備が埃まみれで転がっていた。 しかし、埃まみれになっていてもほとんど新品同然の品ばかりだ。 「以前やってきた冒険者が使っていたんでしょうか?それとも誰かがここに隠したとか」 「どっちでもかまわん。折角タンが見つけたのだから、我々は有効に活用させてもらうまでだろう?」 黒曜の言う通り。見つけてしまった物を置いていく理由はない。 とかなんとか言いながら、私は大抵タンが何か見つけても自分が使う事はなかった。 それは皆に遠慮しているから、って言えば聞こえがいいけど正直に言えば気に入る物がなかったからだ。自分の手に合わない物を使うぐらいなら今のままで良い。そう思っていた。 「キルケー、これ?」 そう言って、タンが一降りの剣を手渡してくるまでは。 「こんなに埃まみれで・・・錆びてて使えないんじゃないかしら?」 私はそう言いながらその剣に触れる。 その瞬間、私は自分の体に電流が走ったような気がした。 「・・・キルケー?どうかしたんですか」 「え?あ、ああ・・・そうじゃないけど、この、剣・・・」 私はおそるおそる柄に触れ、ゆっくりとその剣を引き抜く。 細身の刀身は丁度私が今使ってるレイピアと似た感じ。長さも大差ない。鍔や柄頭の細工はどちらかと言えば地味目だ。 けど、その刀身を見た瞬間にこの剣が魔力の込められた剣だとわかった。 それはリエッタや黒曜、タンが見ても一目瞭然だったようで皆思わず息を飲んだ。 「すごい・・・!」 「なんと、見事な・・・・」 強く柄を握ってみる。不思議なほどに私の手に馴染む。 「これ、私が使ってもいいのかな・・・?」 私のその声は、タンやリエッタに言ったと言うよりは、もっと大きな・・・そういう何者かに尋ねているようでもあった。 「多分、今、その剣はあるべくしてキルケーの手にあるんだと、思う」 タンがまるで勇者と伝説の剣の出会いのような事を言う。 そんな大層なもんじゃない。そう分かっていても、思わず身が震えた。 「ん・・・じゃあ、使わせてもらう、ね」 そこにあった他の装備もこの剣ほどではないにしてもかなり実戦向きの物が多く、どれもが使ってみたい、使いこなしてみたいと思わせる物ばかりだった。 「ついていますね。これだけ深い階層でこういう物を見つけられたのは運が向いてきている証拠なのかもしれません」 「運が向いてきている、と言うのはそれだけでは無さそうだぞ」 黒曜はそう言って一枚の封書を筒から取り出して見せた。 通信筒とか言ってクルルミクが緊急で冒険者達に連絡を入れる事がある場合に用いられる、とか言って一番最初の日に渡された物だ。 でも、そうそう国から冒険者に対して何か火急の連絡なんてあるものじゃないし、事実今までそれは使われた事はなかった。 「それって・・・?」 「龍神の迷宮、最下層に捕らえられたセニティ王女を救出せよ、とのことだ」 黒曜はそう言ってにっと笑みを浮かべる。 「どういう、こと・・・?」 私は頭がついてこず、疑問符を浮かべる事しかできない。 「ワイズマンが倒された、と言う事でしょうか?」 「さて。しかし、そろそろクォーパーティがワイズマンと接触してもよい頃合いだったはず。そして、そのタイミングでこのお触れ・・・」 私もリエッタと黒曜の会話を聞いてようやく頭が回ってきた。 「・・・つまり、クォーパーティがワイズマンを倒せず、どういう理由かでセニティ王女がワイズマンに捕らわれた・・・って事?」 「どうかな。ここに記されている通りであれば、最早ワイズマンを倒すと言う事から目的そのものが変わってしまった訳だ。と言う事は、ワイズマンは倒されたか・・・そもそも初めからいなかったのではないか?」 「いなかった、って・・・」 「・・・真相はここで私達が話していたってわかりませんよ。とにかく、私達が最下層を目指すという事には変わりはないんですから」 「・・・まぁ、そうだな。正式なお触れだからこの情報の真偽は問うまでもないとして・・・。そして、言えるのは最下層にいたであろうクォーパーティはセニティ王女を助ける事は出来なかった、あるいは出来ていないと言う事だ。そして、そのクォーパーティを除けば最下層に一番近いパーティはどこだ?」 「あ・・・?」 そこまで言われて私はようやく黒曜が言わんとしている事を理解する。 つまり、今、地下八階にいる私達が最も最下層に近いパーティ。 私は思わず胸が早鐘のように高鳴るのを感じた。 「ふふん。漁夫の利という奴かもしれんがな。こういう展開はさすがに想像できなかった」 私は思わず手にした剣を強く握りしめる。体が震えているのがわかる。 「キルケー?」 「ん・・・武者震い、ってあるじゃない?そんなの、恐怖心とか不安を正当化するためにある言葉だって思ってたんだけど・・・こういうのが、そうなのかもね」 そう口にしながらも、その中には恐怖心や不安が含まれているのは事実。でも、それ以上の何かが私の身を震わせている。 私はタンの頭を抱きながら言う。 「変な話だけど・・・正直、他人事みたいに思ってた。今は、もう皆無事に帰れたらいいなって、思ってた。でも・・・」 「キルケー!」 私が言葉を続けるよりはやく、リエッタの指が私の唇に触れる。 「それ以上はなしですよ。目的が変わろうと、状況が変わろうと、私達には私達のやり方があるはずです。こういう状況だからこそ、今まで通りやるべきじゃありませんか?」 「・・・そうね。確かに、そう」 私は呼吸を落ち着ける。そうだ。私達がこういう状況になったのも、結局は今まで遠回りかもしれないと思いつつも確実に、堅実にやってきたからだ。 もし、それを止めてしまえばどうなるか?それは想像に難くない。 「あくまでも堅実に、ね。今まで通りに」 「そうですよ。無茶は禁物ですよ、キルケー?」 何で私を名指しで言うんだ、と言って私達は笑い合った。 でも、私は笑いながら剣を強く握りしめる。 私達で、この冒険を完遂させたい。 そういう気持ちが危ないんだ、という理性も働く。 でも、もし、そう出来たら・・・。 「・・・キルケー?」 タンが私を見上げている。 「大丈夫。リエッタの言う通り、私達は私達のやり方を貫きましょう。結果は後になればいやでも出てくるんだから」 不思議な気持ちだ。私達が、この事件の根幹に触れる事なんてないと思っていたのに。 今は、そう出来るかも知れないと言うだけで胸が高鳴っている。 「・・・よし!」 私はそう言ってもう一度強く剣を握りしめた。 |