四十二日目

地下五階。ここでは相当足止めを喰らった事もあって地底湖なんかもう見たくもない・・・かと言えば一概にそうとも言えない。
やっぱり迷宮って言うのは基本的に狭いし、圧迫感が強い。その点この五階は空間が広いもんだからそう言う部分のストレスは溜まりにくいのよね。

「いやあぁぁぁぁっ!!」

私はその絶叫に思わず身を硬直させる。何気なく湖の方を見ていた物だから反応が送れたのだ。
視線を上げると、少し離れた湖の畔で何やら得体の知れない触手が一人の女性を絡め取っているのが見えた。さすがに相当距離があるのではっきりとはわからないが、足下に数匹の狼の姿も見える。

「キルケー!黒曜!タン!行きます!」

ほとんど反射的にリエッタが叫び、すぐさま駆けだしていた。言われるまでもない。私もリエッタに遅れまいとすぐさま後に続く。
駆け寄ってみると、湖から伸びた異様な触手が一人の女性を絡め取り、衣服をはぎ取って陵辱しているのだとわかった。
けど、その女性。ピンと狐のように伸びた耳。透けるような白い肌。
間違いない。エルフだ。
足下の狼達はそのエルフが連れているらしく、エルフを助けようと必死に触手に牙や爪を突き立てているがいかんせん相手が悪いと見える。

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

裂帛の気合いと共にリエッタが触手に打ちかかる。
私も即座にそれに続きレイピアを一閃させる。

「黒曜!その女の人を!」

私とリエッタでエルフの女性を絡め取っている触手を叩き斬る。

「承知!」

投げ出された女性をすぐさま黒曜が受け止める。が、その瞬間触手の強烈な一撃が黒曜を打ち据える。とっさにか、黒曜はエルフを庇いまともにその一撃を受けて地面に転がった。

「黒曜っ・・・!!」

「か、かすり傷だっ・・・!せ、拙者にかまうなっ!!」

命に別状はないようだ。タンが黒曜を庇うようにして魔法で援護してくれる。
リエッタと私にさんざん斬りつけられ、タンの魔法を喰らううちに触手はずるずると湖の底へ姿を消していった。

「あ、ありがとうございました・・・。依頼を受けてこの階層を探索していたのですが、突然触手に襲われて・・・私の弓もこの子達の牙もまるで役に立たず、もう終わりかと思いました」

体が痛むのか、エルフはわずかに苦痛の表情を浮かべてそう言った。
エルフなんて滅多に見られるものじゃないけど、流石に今はそういう事を言っていられる状況でもない。

「・・・災難でしたね。お体の方は?」

リエッタが黒曜を抱き起こしながらそう言う。黒曜の方も自力でなんとか立ち上がっている。

「・・・はい、それは、大丈夫です」

エルフがそう言うと、一匹の狼がエルフの服の裾をくわえて引っ張った。

「・・・え、この人達にお礼がしたいの?」

狼の言葉を理解できるのか、エルフは狼を一言二言言葉を交わす。すると狼はエルフの元を放れて私達の方へ近寄ってきて尻尾を振った。

「・・・あなた方の力になりたいと言っています。鼻もきくし役に立つ子ですから、よろしければお連れください」

エルフの言葉に応えるように狼は小さく鳴いた。
狼というやつは人間よりもはるかに優れた嗅覚があるし、第六感的な危機察知能力も高いなんて話を聞いた事がある。ましてエルフのウルフであれば私達の助けになるだろう。
私達は軽く相談をし、そのウルフに同道を願う事にした。

「私はもう少しこの辺りを調査してみます。縁がありましたら、また」

エルフはそう言うと残った狼達を連れて立ち去っていった。



「銀河、と言うのはどうだ?拙者の国で有名な犬の名前で・・・」

「ギンガ?なんか悪役っぽい感じ。もうちょっと、ねぇ?」

「じゃあガロンというのはどうですか?私の生国で一時期騒ぎになった人狼がそう言う名前で」

「・・・ん、それは狼殿に失礼にならんのか?」

その後。私達はそのウルフにとりあえず名前を付けようと言う事になった。
聞きそびれたけど、本来の名前はあるんだとは思う。だからと言ってさっきのエルフを探しに行く訳にも行かないって事で、ともかく暫定でどう呼ぶか、私達は膝をつき合わして話し合っていた。

「うーん、残りの期間を考えるとあんまり長いおつきあいにもならなそうだし、何か、こう、代名詞みたいな感じでいいんじゃないの?ポチとかパピーとか」

と、私。別に冗談で言ったつもりはなかったんだけどリエッタと黒曜が同時に吹き出していた。

「い、いくらなんでもポチはないんじゃないですか?」

「少し浅慮すぎるような気がするぞ」

「い、いや、だからさ、この子にも本当の名前はあるんだろうし、そんなに真剣な名前付ける方が逆にまずいんじゃないかって言いたいだけじゃない。いっつも私が何か言うとそう言う顔するんだから・・・」

私は頬を膨らませる。リエッタと黒曜は何か事がある度に私を茶化して楽しんでいるんじゃないか?

「いやいや、そう言う訳じゃないですって。ただ、もうちょっと・・・と言うだけの話ですよ」

「大体拙者やリエッタにそう言わせてるのはキルケー自身だろう」

はいはい。わかりましたわかりました。
当の狼自身はさほど興味がないらしく、「さっさと決めてくれ」と言わんばかりに地面にうずくまってあくびをしている。タンは流石獣人だけあって親近感がわくのか、狼の傍らに座って背中を撫でている。

「タンはどう?何かない?」

「・・・名前って、とても大事。でも、皆がちゃんとこの子の事を考えてつけた名前なら、何でもいいと思う」

その後、タンがその狼に合うであろう名前を色々挙げ、黒曜がよくわからない案を出し、リエッタがどうも趣味色が強いんじゃないかって名前をいくつか出す。私もそれに習って色々考えてみる。
結局、エルフのウルフなんだから『ウェルフ』でいいんじゃないかと言う事でまとまった。

「あなたはそれでいい?」

と狼本人にそう聞いてみる。言葉を理解しているのかどうかはよくわからないけど、狼は頭を上げて小さく一度だけ吼えた。
まぁ、とりあえず肯定と言う事で了解しよう。

「じゃ、それほど長いつきあいにはならないかも知れないけど、ひとつよろしくね。ウェルフ」

ようやく終わったか、と言う風情で立ち上がり、ウェルフはぱたぱたと身を震わせてもう一度小さく一声鳴いた。

「それじゃあ、行きましょうか」

リエッタがリーダーらしく場をまとめて、私達は再び歩みを進める。
もうそんなに残り期間は長くないけど、それでも仲間が増えると言うのは嬉しいものだ。
私はキルケー。太陽神ヘリオスの娘で、その呪文で獣をおとなしくさせる事が出来ると言う女神、キルケーに由来する。
だから、どうだと言う事もないんだけど、その私の後ろにタンやウェルフがいるというのはなんだか可笑しい。
私の小さな笑い声を聞き止めたのか、リエッタが妙な顔をしている。
それがまた可笑しくて、思わず声を出して笑ってしまう。

よし、後少しだ。どこまでいけるかわからないけど、行けるだけ行こう。
皆がいれば大丈夫だ。そう思える。







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