三十七目 まず、最初に。 ここ二日ほど飛んじゃってるけど、まぁ色々あった訳。 その辺お察し下さいって感じ。 ・・・ん、ごめんなさい。 まぁ、それほど大きな進展は無かったとも言えるし、あったとも言える。 まず、5階を攻略し終え、6階まだたどり着いた事だ。 でも、これは以前サフィアナって人から道を聞いていたから、まぁ当然と言えば当然かもね。 この6階はなかなか曲者で、魔法の明かり以外の光が全て拡散するようになっている。 何でも、王位継承者の魔法的素養を確かめるためだとか。 まぁ、私達にはタンがいるし、私もこの程度の魔法なら使うにしくはないから、それほど大事でも無かったんだけどね。 で、その後順調に6階を探索し、ついに七階へ。 「七階、かぁ・・・意外とあっさり来れちゃって、なんだか怖いわね」 魔力で生成した照明を左手に掲げ、私はそう口にする。 「今までの苦労が結実した、と考えましょう」 とリエッタ。まぁ、確かに不調な時があれば好調な時だってあろうもんだし、そう考えればたまにはこういう事だってあるかもね。 「あ、あれ?」 七階に下りると、私の左手の照明がふっとかき消える。 振り返ると、タンも首を傾げていた。 「ふむ、そう言えば七階は魔封じのエリアだとぺぺが言っていたな」 この中で唯一魔法が使えない黒曜は一人冷静だ。 確かに、そう言えばそんな話は聞いていたけどそれでも実際に魔法が使えないとなるとどうやったって軽くパニックになる。 特にタンが魔法が使えないとなると・・・。 「・・・言ってもはじまりませんよ。とにかく、慎重に、無理をせずに進むしかないですね」 ま、リエッタの言う通り。結局の所それしかないか。 と、私達が気を締め直して一歩足を踏み出した瞬間、私は軽く目眩がして目の前の光景が歪むように感じた。 あれ?と疑問に思う暇さえない。気が付くと、私は真っ暗闇の中にいた。 最初は目がおかしくなったのかとも思った。だって、自分の手さえ見えないんだもの。 私は不安になって叫び声をあげそうになったけど、何が起こったのかもわからないから、その衝動をぐっとこらえ、荷物の中にあるカンテラを手探りで取り出し、火を付ける。 「あれ?」 火は点いた。けど、一向に明るくならない。ただ、火そのものだけが見えるだけで、その周りも真っ暗のままだ。 その時点で、私はようやくここが6階だと気が付いた。 論より証拠。私は魔力で照明を造りだし、宙に浮かべる。 今度は光が拡散する事もなく、照明は確かに周囲を照らし出していた。 「・・・って事は」 酒場でリィアーナって女の人から聞いたトラップのひとつ、拡散テレポーターってやつだろう。 しかし、それがわかったからと言ってどうすればいいんだろう? 真っ暗闇に一人、と言うのがこれほど心細いとは思わなかった。 でも、ここにじっとしていたって仕方がない。こんな状況ともなれば、皆各々地上を目指すだろうから、私も一人地上を目指す。 と、私が記憶を頼りに歩き出してほんの少し。通路の向こう、曲がり角の向こうからぼーっと明かりが近づいてくる。ならず者や化け物の類が魔法の明かりを使うとは思えないから、冒険者の類だろう。 相手が何者かわからないから、私はどうとでも立ち回れるように身構える。 「・・・あ?」 近づいてくるのは、小さな体躯にちょっと大きめのローブ。それに、独特の獣耳がゆっくりと上下している。 「タン!!」 私は思わず声を張り上げ、タンの元に駆け寄っていった。 「キルケー!」 タンの方も同時に私をみとめたようで、ぱたぱたと走り寄ってくる。 「良かった・・・無事だったのね」 「うん。良かった、キルケーも無事で」 私はタンとの再会を喜び、軽く抱擁を交わすとこれからどうするか話し合った。 私が考えた通り、黒曜とリエッタもおそらく地上を目指すだろうから、と言う事でともかく私達も地上へ戻ると言う事で一致。 私とタンは暗闇の中、二人で魔法の照明を掲げて歩き出した。 「・・・けど、皮肉よね。照明が使える私とタンが一緒なんて」 もし、黒曜とリエッタが6階よりも下にいるのであれば6階を抜けるのは難儀だろう。それに、五階には地底湖もある。私はタンと一緒だからいいけど、リエッタと黒曜は大丈夫だろうか。 「うん・・・心配、だね・・・リエッタ、黒曜・・・でも」 「でも?」 「でも・・・キルケーと会えて、良かった」 タンははにかむとも苦笑いともつかぬ微笑を私に向ける。その笑顔に、私はきゅっと胸が詰まるような気がした。 「・・・私だって」 私は歩きながらタンの肩に手を置いて、少しだけタンの体を引き寄せる。 理屈なんていい・・・ともかくタンと再会できて良かった。 そうやって私とタンが地上を目指す途中、例によって化け物が姿を現した。 鎧兜の騎士。中に何が入ってるかわかったもんじゃないけど、それほど手強い相手じゃない。 ・・・そう、私は思ってしまった。以前に片づけた時は、黒曜とリエッタ・・・四人揃っていたからだって言うのに。 私はいつものクセが抜けず、一瞬リエッタの姿を確認してしまった。いつもは、私とリエッタが先陣を切って敵を崩していたからだ。 でも、リエッタはいない。その私の一瞬の躊躇を見抜くように、鎧の騎士は私の脇をすり抜けてタンに迫った。 タン自身、私やリエッタ、そして黒曜が前衛を固めていた事もあってこれほど敵に肉薄された事はなかったはずだ。そのせいもあって、タンも私と同様に初動が遅れたように見えた。 そして次の瞬間。鎧の騎士の槍がタンの体を貫いていた。 「タンーーーーーっ!!」 私は思わず絶叫した。タンの体が崩れ落ちるのがまるでスローモーションのようだ。 私は全力でその鎧に体当たりをかける。鎧は軽くよろけ、そのまま仰向けに倒れ込んだ。 重さのせいでそれほど素早くは動けないようで、起きあがるのに手間取るようだ。 「タン!」 私はよろよろと起きあがろうとするタンを抱きかかえ、全力でその場を後にした。 「・・・大丈夫?きつくない?」 「大、丈夫・・・平気」 私はタンに包帯を巻いてやりながらそう言う。タンは大分血を失ったようで、誰の目にも青い顔をしていた。 鎧騎士の槍はタンの左肩を貫通していたが、骨は砕けていないようだ。私は肩の付け根をきつく縛って血を止め、その上から包帯を巻いてやる。 タンは自力で魔法を使う気力もなく、意識があるのが不思議なくらいだ。 「・・・ん、もう、大丈夫・・・歩ける、よ・・・。行こう?キルケー」 タンは無理矢理作った笑顔を私に向ける。額に浮いた脂汗が痛ましい。 かと言って、ここにとどまっていても事態は悪化する一方だ。とにかく、地上を目指すしかない。 私は何も言わずタンの荷物を背負う。 「キルケー・・・ダメ、だよ・・・それ、だと・・・キルケーが・・・」 「・・・いつぞやの事、忘れた訳じゃないんだから。たまには私にも格好つけさせてよ。ね?」 「・・・ありがとう、キルケー」 情けは人のためならず、か。昔、あいつも言ってたし、リエッタも言ってたっけ。 こういう事なのかな・・・? 私はタンの足を気づかい、ゆっくりと歩を進めた。肩を貸そうか、と言った事も何度と無くだけどその度にタンは大丈夫だと言って辞退した。 今は魔法の明かりも私だけが出している。当然だけど。 でも、この6階ってやつは暗闇で不自由な分、ならず者にも教われにくいのはあるんだけど、この魔法の明かりがあるとそれは連中にとっても目印になる。 この時も、火に誘われる羽虫のように数人のならず者がやってくるのが見えた。 「・・・タン、私の後ろに。そこから動いちゃダメよ。いいわね?」 「う、うん・・・キルケー・・・」 私は明かりの状態を『維持』から『停滞』に変え、光量を若干増してその場に浮かべる。 右手には愛用のガーラルレイピアを携えて。 「・・・は、あっ!!」 出会い頭に一閃。奇声を上げて飛びかかってくる一人のならず者の両目を綺麗に横薙ぎに払う。返す刃で続けてもう一人。どちらも致命傷ではないけど、戦闘力は奪ったはずだ。 後・・・五人! さすがに一度に全員を相手には出来ず、何人かのならず者がタンに目を付けたようだった。 「その子に触るんじゃない!!」 私は絶叫し、ならず者の襟首を掴みその喉に深々と剣を突き立てる。そのまま体を蹴って剣を抜くと、血がぱぁっとまるで噴水のように吹き出した。 私はそれには目もくれず、タンを捕まえようとするならず者に飛びかかり、逆手に持ち替えたレイピアで脳幹を串刺しにする。即死のはずだ。 私の気迫に気圧されたのか、残った二人のならず者は悲鳴を上げて逃げようとする。が、逃がす訳にはいかない。私は規模を押さえた炎の呪文を練り上げ、一人の背中に浴びせかける。 ジュッ、っと肉の焼ける匂いがして、そいつは地面をのたうち回った。私は逃げるもう一人に追いすがり背中から心臓を一突きにし、トドメを差した事を確認する。 火球を浴びせたならず者も気が付けば動かなくなっていた。 私は肩で息をしながらタンの元へ戻る。 「・・・大丈夫?タン。怪我はない?」 タンはその場に座り込んでいた。私はタンの前に膝をつき、他に怪我はないか体を見回してやる。 「ごめ、んね・・・キルケー・・・」 タンが私の頬にそっとふれる。そのままゆっくりとその手が私の体をなぞる。 タンが手を離すと、その手は真っ赤だった。 私は夢中で気が付かなかったけど、全身ほとんど返り血で真っ赤に染まっていた。 「あ・・・ご、めん。タン、手、汚れちゃった、ね・・・」 タンの目に私はどう映ったろうか?それを想像し、私は唇をかみしめる。 いい。かまうもんか。私はタンを守る。それだけだ。 私がそんな事を思っていると、タンが突然私の体に抱きついてきた。返り血で服が汚れる事も構わずに。 「ち、ちょっと、タン・・・汚れる、から・・・」 「・・・ありが、とう。キルケー・・・」 胸が締め付けられるようだ。私はこの時ほど他人に対して感謝の念を抱いた事はない。 ありがとう、タン。 |