三十四日目

黒曜が投げた投剣・・・クナイと言うらしい・・・が、化け物ののど笛に突き刺さる。
断末魔の叫び声を上げる事も出来ず、化け物は地に倒れ伏した。
私は小さく肩で息をし、ぼんやりとその屍を眺めている。

「・・・ルケー。キルケー!」

リエッタの呼び声に、思わず我に返る。

「・・・!え、ごめん。聞いてなかった。何?」

やれやれ、と言った風に首を振るリエッタ。

「どうしたんです?今日は何だかぼーっとしてますけど。命取りになりますよ」

確かに、今日はどうにも集中力に欠けている。
と言うのも、少し考え事をしていたからだ。

「ん・・・ちょっと、考え事をね・・・」

「戦いの最中に考え事か。確かにお主は強くなったとは思うが、そう言うのは感心せんぞ」

と、黒曜にもたしなめられる。言われるまでもない事だけど・・・。

「何、考えてるの。キルケー?」

と聞いてくるのはタンだ。
別に隠す事でもないし、丁度皆もどう思っているか聞いてみたかったと言う事もあって、私は口を開いた。

「大した事でもないんだけど・・・。今回の依頼・・・ワイズマン討伐だけど、この辺で打ち切りにしたらダメなのかな」

私は別に大したことを言ったつもりもないんだけど、三人には寝耳に水だったようで、ぎょっと目を見開いていた。

「な、何を言うんですか。いきなり」

いまいちどう反応を返して良いかわからない、と言った感じでリエッタがそう返してくる。
ただ、私の意見に同意・・・と言う事はないみたい。

「だってそうじゃない?期間はもう残り少なくて、私達だと地下10階なんてたどり着けるかも怪しい。それにクォーとかって人のパーティがなんとかしそうだって話じゃない。なら、私達がこのまま奥を目指す意味ってあるの?それに・・・」

「それに?」

続けてみろ、といわんばかにり黒曜が私をあごでしゃくってみる。

「それに・・・このまま探索を続ける、って事は、ひょっとしたら、誰かまた捕まって・・・それで、どうにかなっちゃう可能性、あるわけじゃない。それって、リスクしかないと思わない?」

そう。私が考えていた事はこれだった。
今更奥を目指したところで私達がワイズマンにたどり着ける可能性は低い。
けど、誰かが捕まって・・・どうにかされちゃう可能性は迷宮の奥を目指す限りつきまとい続ける。
元々私達は全員ワイズマンを倒すという事にそれほど固執している訳じゃない。それを考えたら・・・私はこの中の誰か一人だって失うのは嫌だった。怖かった。
でも、意外な事に誰も私に賛同してくれる者はいない。

「意味がないとは思いません。この探索行は私・・・いえ、私達を飛躍的に成長させてくれたと思っています。それは命がけだからこそでしょう?こういう場というのは、望んでもそうそう得られるものではないと思います」

それはリエッタの弁。確かに、リエッタは修行の一環としてこの依頼を受けたって聞いたから、全くの正論だ。
それに、それは私だってそう。この探索行で得たものというのは計り知れない。
けど、それは皆の無事と天秤にかけてもいいものなんだろうか?

「随分諦めの早い事だな。そのクォー達がどれほどの者かは知らんが、ワイズマンと初遭遇を果たしたとしてそのまま捕らえるか、倒す事が出来るという保証などどこにもあるまい。期日にしても、期間内にワイズマン討伐が果たされなければ期日を延長すると言う可能性もあろう。それを考えれば、我々の状態はそれほど悲観したものではない」

と黒曜。それも全くの正論だ。確かに、クォーパーティが無事にワイズマン討伐を成し遂げられる保証はないし、もし黒曜の言う通り期間の延長でもあれば私達だってワイズマンにたどり着ける可能性は十分ある。
でも・・・。

「・・・中途半端は、ダメ。キルケー」

「タン・・・」

言葉少なく、タンは続ける。

「・・・多分、きっと、最後まで前に、進むのが大事なんだと思う。途中で投げ出しちゃうって、そうすると、別の時にだって途中で投げ出すようになっちゃうかもしれない・・・それ、ダメだよ」

理屈で言えばリエッタ、黒曜の言う事が正しい。でも、私は感情でそれを否定したかった。
でも、タンの言う事は私の感情論に近い・・・もっと精神的な部分に寄った事だ。
それにはどうやっても反論できない。
それに・・・私だって途中で投げ出す事にこそ一番抵抗があったからこそ、悩んで、考えていたのだ。

「・・・そう、かもね・・・」

もともと、子供じみた我が儘だったのかもしれない。完膚無きまでに論破され、私は苦笑するしかない。
ふ、っと嘆息する私をなぜかリエッタが軽く抱きしめてきた。

「リエッタ・・・?」

「私達の事、心配してくれてるんですよね・・・。あなたは優しい方です。そう言うところ、私はとても好きです」

私は思わず顔が赤くなるのがわかった。

「べ、別に・・・そんな・・・」

リエッタの肩越しに黒曜が私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「そうだな。正直なところ、最初の頃はお主の印象はあまり良くなかった。自分本位で、我が儘な娘だと思ったからな。しかし、そうではないと気付いてからは、お主の事は信用しているし、信頼もしている」

「・・・・・・」

私は赤くなった顔を見られたくなくて思わず顔を伏せる。
黒曜まで真顔でそんな事言うんだもの・・・。

「ありがとう、キルケー」

タンが、花のような笑顔を浮かべて言った。
私は、恥ずかしさの中にくすぐったいようなうれしさに思わず胸を高鳴らせる。

「ふふ・・・しかし、人は見かけに寄らないと言うが、その通りだな」

穏やかな空気の中での発言だったから、私は一瞬聞き流しそうになったけど、それって?

「黒曜・・・見かけに寄らないって、どういう意味?」

と、私が聞き返すと、なぜだか皆笑った。
私もなんだかどうでもよくなり、思わずつられて笑ってしまう。

そして笑いながら思う。こういうのが『仲間』なのかな、と。






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