三十三日目 私は空になったグラスに自分でちびちびと琥珀色の液体を注いでいく。 ゆっくり・・・ゆっくりグラスに満たされていくブランデーをぼんやりと眺め、それがグラスの半ばまで満たされたところで瓶を傾ける事を止める。 水では割らずに、氷だけでストレートに。 一口だけ私はその液体を口に含み、ゆっくりと飲み干した。 先日、改めて迷宮に出発した私達は、食料と水が足りない事に気付いて慌てて街へとって返した。皆が皆「誰かが買っていたと思った」という情けない有様だ。 まぁ、その前にサフィアナって人のパーティから6階までの道を詳しく教えてもらったから無駄足ではなかったけど。 街に戻った私達は、酒場でこんな話を耳にした。 何でも、クォーって人のパーティがついに10階まで到達しそうだと言う。 まだ6階に足を踏み入れた事もない私達とは雲泥の差だ。 それを考えると顔も良く知らないその連中に自分が負けた気がして嫌な気分になる。 負けた気・・・と言うか、現実問題負けている。 勝ち負けで言えば、だ。 でも、それはいい。最初っから私みたいな素人同然の人間がワイズマンを倒せるなんて思ってた訳じゃない。 ただ・・・と言う事は、つまり、この冒険が終わりに近づいているって事だ。 どのみち、クォーパーティがワイズマンを倒せなかったとしても、もう期日は目の前なのだ。 このワイズマン討伐の探索行が終わった後の事を考えなければならない。 リエッタは・・・修行の旅をしていると言っていたから、この冒険が終わったら国に一度戻るか、それとも旅を続けるかするのだろう。一段落ついたら、リエッタとは一度本気で勝負がしたい。 黒曜はようやく本業に戻れる。でも、正直あの人の性格的にあんまり密偵なんて向いているとは思えない。何か、まっとうな職についたらいいのにな・・・なんて無責任な事を考える。 タンは・・・。 どうするのだろう? フェリルを探しに行くだろうか?それとも、当てのない旅にでも出るのだろうか? 私は・・・。 「おい、キルケー。あんまり飲み過ぎるんじゃないぞ。ワシは宿までなんぞ連れて行ってやらんからな」 カウンターの向こうからぺぺが言う。 気が付けば、ブランデーは瓶の底にわずかに液体が溜まっているだけになっている。 「・・・大丈夫よ。酔ってないから」 「酔っぱらいは皆そう言うんだ・・・」 ぺぺはやれやれ、と嘆息しながらそう言い、何やら色々と片づけ物をしだした。 一言釘を差しておきたかった、と言う程度の事なのだろう。 私は頬杖をつき、氷ばかりになったグラスをくるくると回してみる。 ランプの火が氷の中でちらちらと瞬いている。 私は・・・あいつを探す旅をもう少し続けるつもり。 ここに来る前はそう思っていた。 「でも、なぁ・・・」 思わず独り言が漏れる。ぺぺは気が付かなかったのか、振り向きもしない。 あいつを探す、と言っても文字通りなんの手がかりもないのだ。最初はワイズマンがひょっとしてあいつ本人なんじゃないか、とも思ったけど、今は多分違うんだろうと感じている。 でも、同業者ならあいつの事を知っているかもしれない。高名な魔法使いならなおさら。 ふぅ・・・。 思わずため息が漏れる。 そもそもワイズマンが捕まったとして、私が個人的に面会なんて出来ようはずもないのだ。 なら、その話を聞く機会なんて訪れる可能性は極端に低い。 となれば、後は当てのない旅に出るぐらいしかない。 家を出た時、ともかく一年は世界中を回ってみようなんて漠然と考えていた。 そういう意味で言えば、まだ時間はある。 タン・・・私について来てくれないだろうか? それとも私がついて行こうか? そんな事さえ考える。 情が移ると別れが辛くなるって分かってたのに。 「・・・い、キルケー!おい!」 「・・・ん?」 気が付くと目の前でぺぺが怒鳴っていた。 「そろそろ店を閉めたいんだが。もう客はお前さんだけだぞ」 ああ・・・もうそんな時間? 「あ・・・そう?長居して悪かったわね」 私は勘定をカウンターに置いて席を立つ。いくら飲み食い自由だと言ってもそれに甘んじるのは私自身が嫌だった。ぺぺがやれやれという顔をしているのが背中越しにもわかる。 私は宿までの道行き、石垣に腰掛けぼんやりと星を眺める。 あいつなら・・・こんな時、私の悩みを綺麗に吹っ飛ばしてくれるような助言をしてくれるんだろうに。 会いたい・・・。会いたい、なぁ・・・。 「・・・キルケー!」 と、宿の方からタンの小さな姿が駆けてくるのが見えた。 「なかなか帰ってこないから、皆、心配してる。迎えに、来たよ」 私はふっと苦笑する。私が何を考えているか、タンはわかるだろうか? 「ね、タンは・・・」 「うん?」 私はそこまで口にして、少しだけ思案し、続きを話す事を止めた。 あと少しとは言え、まだ、時間はあるのだ。 その時になってから決めたっていい。 「・・・何でもないわ。戻りましょう?リエッタと黒曜も待ってるでしょうし」 私はタンの頭を軽く撫で、立ち上がった。 夜風が肌に心地いい。 もう少し・・・もう少しこの時間が続く事を願って・・・。 |