三十一日目 昨日のトラップの効果がまだ残っている。 私は出来るだけ誰とも顔を合わせないようにしながら歩みを進めた。 相変わらず下腹がジンと燻っている。 もう内股を伝うモノを拭う事もしていない。 いつも以上に歩みはゆっくりなのに、息があがっている。 はっ・・・はっ・・・はっ・・・。 「・・・大丈夫ですか、キルケー?」 話しかけないで、ってあらかじめ言っておいたのに。リエッタのバカ。 私はその呼びかけを無視して黙々と歩を進める。タンの様子は伺えようもないが、黒曜が見ていてくれるんだから大丈夫だろう。 「あ、くっ・・・!?」 私はいきなりやってきた快感の波に思わず声をあげて地面に座り込んだ。 何もしていないのに、いきなり絶頂を迎えてしまうほどの快感の波がやってくる事がすでに二度ほどあった。 こんなのが続いたら気が狂っちゃうんじゃないだろうか? 「キルケー!?」 私は背骨に冷水か熱湯でもかけられたような感覚に、自分がなくなってしまうような気がして必死に自分の体を抱きしめていた。 掴んだ肩は驚くほど汗をかいている。 「・・・ご、めん。大丈夫・・・行こう」 ひとしきり波が過ぎ去るのを待ち、私はようよう立ち上がってそう言った。 ・・・楽になりたい、と思う。 それからしばらく。私の前を歩いていたリエッタがいきなり立ち止まった。 私はゆっくりと顔を上げる。 「・・・黒曜」 「・・・うむ・・・そう大した人数でもなさそうだな・・・」 頭が上手く働かないせいか、リエッタと黒曜が何を話しているのかよくわからない。 「・・・放ってはおけません、よね」 リエッタと黒曜が顔を見合わせ、頷く。 タンはぼんやりした顔で壁にもたれかかっている。 「タン、キルケー。どうやら、誰かがあそこの玄室に捕まっているようです。ハイウェイマンズギルドの連中は大した人数でもないようですから、ここは私と黒曜でなんとかしてみます」 「うむ。だから、お主達はここでじっとしておるんだぞ?すぐに片づけて戻る」 「ん・・・任せる」 ようやく状況を理解した私は消え入りそうな声でそう言う。タンが小さく頷くのも見えた。 「では!」 そう言うと、リエッタと黒曜は玄室に飛び込んでいった。二人が何事か叫び、ならず者共の怒声や剣戟の音が響いた。 「キル、ケー・・・」 タンが私に熱っぽい視線を向けている。 バカ・・・今は、絶対に声をかけないようにって、言ったじゃない・・・。 私だって、出来る事なら・・・。 私はそこまで考え、必死にかぶりを振る。 リエッタと黒曜は戦っているっていうのに、私と来たら。 「もう少しの辛抱、でしょ?地上に戻ったら、すぐに治療してもらえるんだから」 私はなんとか平静を装ってそう言った。 「う、うん・・・」 私はタンと目を合わせないよう視線を落とす。きっと、辛い表情をしているんだろう。 戦いは唐突に終わった。 連中を一掃したリエッタと黒曜は一人の少女を連れて戻ってきた。 メガネにおさげがよく似合う少女だ。 ・・・いや、年齢は私と同じくらいか? 「お待たせしました。さぁ、急いで戻りましょう!」 やれやれ。無事に帰れるといいんだけど。 結局私の心配は杞憂に終わり、私達はその日のうちにクルルミクに戻ってくる事が出来た。 先刻リエッタ達が助けた娘・・・ピリオは酒場ですでに仲間がまっていたようで、私達・・・と言うかリエッタと黒曜に礼を言って別れた。 で、私とタンは治療を受け、ようやく媚薬も抜けて一息つく事が出来た。 私達は宿に戻る前にとりあえず酒場で食事を取る事にした。 「キルケー、どうしたんです?」 「・・・話しかけないで」 ・・・私は昨日今日の事を思い出していた。あんまりの恥ずかしさに誰とも顔を合わせられない。 ああ、もう・・・! 以前トラップで大けがをした時の比じゃない。 よりにもよって、リエッタと黒曜の前で、タンと絡んでみたり、あげくの果てに自慰行為を見られるなんて・・・。 泣きたいやら喚きたいやら、どうしたものかわからない。 「・・・気にする事はありませんよ。タチの悪いトラップなんですから」 「うむ。しかしアレだな。ああ言う状態になると相手は男だろうが女だろうがかまわなくなるものなのか?」 にやにやと笑みを浮かべて黒曜がそう言う。私は思わず机を思い切り叩いて立ち上がった。 「そ、そんな訳ないでしょ!わ、私は普通!ノーマルなの!」 私は思わず声をつまらせながら、そう怒鳴り散らす。 が、黒曜はなぜか勝ち誇った顔で笑みを浮かべ、リエッタも身を乗り出してくる。 「いやいや、別にキルケーが同性愛者だとしても拙者はどうとも思わぬよ?」 「そうですよ。愛の形は人それぞれです。それは非難されるようなモノではありません」 リエッタも不気味なぐらい爽やかな笑みを浮かべて黒曜に同調する。人をからかうのがそんなに楽しいモノかしら? 「・・・はいはい。好きなだけ言ってなさい」 私はドンっと乱暴に席につき、ぺぺにジュースを頼む。 さすがに今日はお酒を飲む気にならない。 「・・・ごめんね、キルケー・・・」 タンが申し訳なさそうにようよう口を開く。 「べ、別にタンが気にする事ないわよ!ほら、確かにタチの悪いトラップだったんだし」 私は慌ててタンをなだめる。何で私がこういう役回りになるんだろう・・・。黒曜とリエッタが妙に楽しそうで腹がたつ。 「まぁ何にしても皆無事で良かったですよ」 と、リエッタが微笑を浮かべて言った。 「そうだな。なんだかんだ言ってトラブルも上手く切り抜けて来れている。拙者は神など信じぬが、何者かに感謝せねばいかんかもな」 「・・・ま、そうね」 と、私達は顔を向け合って小さく笑った。こういう暖かい雰囲気は居心地がいい。 それに、聞けば昨日のいざこざの間に黒曜が何やら新しいアイテムを見つけていたらしい。 と、言う事は私が気が付かない間に以前より迷宮の攻略は進んだって事だ。 「皆、ありがとう。皆がいるから、タンはがんばれるよ」 タンがぽつりとそう零した。 「・・・うむ。お主達と巡り会えたのは、良い縁だと拙者も思っている」 「私こそ。これからもご迷惑をおかけする事があるでしょうが、何卒皆さんのお力をお貸し下さい」 何のてらいもなくそう言ってのける黒曜に、妙にかしこまってそう言うリエッタ。 私も口を開こうとするけど、ちょうどそのタイミングでぺぺが料理やら飲み物を運んでくる。 ちょっと話の腰を折られたような気配になったせいで私は口を開き損ねたけれど、私も心からこう思っていた。 『皆に会えてよかった』と。 |