二十八日目

改めて迷宮に赴いた私たちは、緊張感も感じさせずほいほいと地下二階まで潜ってきた。
こう言う時にこそ気を付けるべきだ、って私の中で誰かが言ってるけど、終始緊張しっぱなしじゃ先に精神がまいってしまう。まぁ最低限の警戒はしてるんだから、少々気を緩めてもいいんじゃないかな?と頭の中でいい訳を並べてみる。

「・・・っと、敵、かしら?」

私は通路の先からゆっくりとこちらに近づいてくる人影に気付き、皆に伝える。
が、どうもそんな気配でもなさそうだ。
相手は一人。背が低く、髭も髪もぼさぼさに伸び放題。見た目はドワーフの酒蔵亭のぺぺによく似ている。多分、その外見通りドワーフなんだろう。背中に大きなザックを背負い、様々な工具がはみ出している。

「あれ、ドワーフよね?こんな所に一人で?」

「ドワーフは普通、一人で山とか坑道とか、あんまり人目につかない所に住んでる事が多いってタンの中の賢者は言ってる。だから、そんなにおかしい事じゃないよ」

と、タンが私を見上げて言う。そう言えばアカデミーで習ったっけ。ドワーフって偏屈な者が多いって言うし、実はこの迷宮はドワーフにとっては結構良いところなのかも知れない。

「・・・二人とも、よく見えますね」

リエッタは通路の奥の人影を目を細めてじっと見ているが、何者かは識別出来ないみたい。
まぁ、私は目がいいのがとりえだし、タンも獣人だから夜目がきくのも当然。黒曜も忍者だからそれぐらいは見通せて当たり前と来れば、うちのパーティではリエッタだけあんまり目がよろしくないと言う事になる。
・・・まぁ、私としては私と同等以上に目の利く人間がすぐそばに二人もいるって事の方が少々悔しいんだけど。

ドワーフはゆっくりした足取りで私たちの前まで来ると、私たちを値踏みするようにじっくりと見回した。
私たちを見回した、と言うよりは私たちの身につけている装備を見回したと言った方が正確だろう。

お主ら、酷い武器を使っておるのぉ。どうじゃ、ちょいと貸してみんか?わしにかかればちょちょいのちょいで鍛えてやるぞ

ドワーフはひとしきり私たちの装備を見回し、深くため息をついてからそう言った。
いきなり初見の人間に対して吐く台詞じゃないとは思うが、何分ドワーフってやつは偏屈な者が多いって話だ。いちいち腹を立てても仕方ない。

「・・・どうする?」

私はドワーフ本人を前にしても、気にせず皆にそう尋ねる。

「タンは必要ないよ」

「まぁ拙者も必要ないな」

タンは確かに武器は使わないし、黒曜も武器の質はあんまり戦闘力に関係ないので当然か。

「・・・私は、遠慮しておきます」

と、リエッタ。リエッタは割と慎重というか堅実さがウリなところがあるので、さすがにいきなり見ず知らずのドワーフに自分の命を預ける武器を渡す気にはならないのだろう。

私は三人の台詞を聞き、ちらっとドワーフを省みる。髭と髪の毛に埋もれて表情はよくわからないが、それでも露骨に落胆しているのがわかった。
ま、まぁ決して同情した訳じゃないけど悪意は感じないし、ドワーフの鍛冶と言えばその道において並ぶ者がないと言われるほどだ。私は愛用のガーラル鉱で出来たレイピアをドワーフに手渡した。

「ちょちょいのちょいで鍛えれる、って言うならちょっとお願いしてみようかしら。でも、私たち急いでるからあんまり時間がかかるようなら遠慮するけど?」

私がそう言うと、ドワーフの顔色がぱっと明るくなった。と、思う。

「何、任せてみい」

ドワーフはそう言うや否や、背中のザックからてきぱきと工具や金床をとりだすと、魔法の品らしい鎚を使ってそれこそあっという間に私の剣を鍛え上げてしまった。

「いっちょまえにガーラルレイピアとはのぅ。まぁ、なかなか鍛え甲斐のある剣じゃが」

ドワーフは私の顔も見ずにぶつぶつとそう言いながら、剣を私に手渡した。その言い様にはちょっとカチンと来たが、別に代金を取ろうって訳でもないみたいだし、そこは聞かなかった事にしておこう。

「便利じゃろ?・・・しかしこんな浅い階は、どうせお主ら転送装置が使えるようになったら、あっちゅーまに飛ばしていってしまうんじゃよ、どうせな・・・」

ドワーフは剣を鍛え終えると、もう用はないと言わんばかりにそう吐き捨て、迷宮の奥へと姿を消した。

「・・・地下二階ってと、確かにコインでずっとすっ飛ばしてきたものね。怪我の功名ってやつかしら?」

私は改めて剣をしげしげと眺める。連日化け物やならず者を斬ってきたおかげで、ちょっと刃こぼれが目立つようになって来たところだけにこれはありがたい。


その後、私たちは改めて先に進み、地下三階へ下りる階段の前までやってきた。
そう言えば、以前はここに来た時・・・。

「我は善を司る聖霊。龍神の試練を受けし者よ、汝は真に善なる者か?真に善なる国作りを行える、と確約できるか?」

出た。例の精霊が。まぁ、地下五階の骸骨とかを見た後だと、こいつもそういう迷宮に組み込まれたシステムの一種なんだとわかる。
ま、私たちもここに来た当初とは違い、随分腕も上がっている。正直、今更感は拭えない。

「汝、真に善なる者に非ず。ここを通すわけにはいかぬ!」

口上は上等。でも、敵じゃないわね。
私たちはあっさり法則のゴーストを倒し、ここを通過するのに必要なパスを手に入れる。
で、地下三階へ。

例によってならず者の襲撃があったりもしたけど、どうと言う事はない。
しかし、毎度の事ながらどこから湧いて出てくるんだか。

その後、タンが宝箱から以前失ったコインを見つける。これで前と同じく二階は素通りできるようになるって寸法だ。つまり、あのドワーフと会う事もまたコインを失ったりしない限りは無い訳だ。ちょっとあのドワーフの言っていた事が理解できたような気がする。

「そろそろ日も変わる頃だな。そろそろ休まんか?」

朝も夜も分からない迷宮ではあるが、黒曜の体内時計はかなり正確みたいで、私たちはその日の探索を終えるのは黒曜の宣言に従う事にしている。まぁ、最もそれを確かめる方法は無い訳だけど。誰も時計なんて持ち込まないしね。

「うん。先は長いから・・・ゆっくり進もう」

と、タンが締めて今日はここまで。
私も堅い石の床の上で毛布にくるまって眠る。
いつの間にかベッドでなくてもしっかり睡眠が取れるようになってきたのは、私にも多少は冒険者としての自覚と能力が身に付いてきたって事なのかも知れない。

じゃ、おやすみ。







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