二十六日目

二度ある事は三度ある、って言うのは東の方の国の諺なんだっけ。

先日、改めて出発した私たちは件のコインを失った事もあって、地下二階を進んでいた。
おととい、ちょうどこの階でリムカって娘を救出したばかり。しかも、二度目だ。
またあの娘が捕まってたりしたら笑うわよねー、なんて皆と笑い合っていた時だ。
先日とは別の玄室。ひょっとして誰か捕まっているかもしれないと言う事でこっそりと中の様子をうかがう。

・・・どうにも見た事のある娘が今まさに陵辱されようとしている所だった。
ここまで前フリがあれば言うまでもないだろう。リムカだった。

「・・・何か前にも見たような光景なんだけど」

「むぅ、二度ある事は三度あると言うが・・・まさかな・・・」

何がまさかなんだか知らないが・・・。ともかく放って置く訳にもいかない。私たちは一気に玄室になだれ込み、ならず者を一掃してリムカを救出した。


「あなたねぇ・・・」

「ごめんなさい!ごめんなさい!ありがとうございます!ありがとうございます!」

私が半ばあきれ顔でそう言うと、リムカは地面に手を付いて必死にそう言った。

「まぁまぁ、キルケー。・・・しかし、どうするんです?」

と、リエッタ。

「私はタンに従うわよ。今、うちのリーダーはタンなんだしね」

と私が言うと、タンは思案する素振りさえ見せず、「街に戻ろう」と言った。
まぁ分かってはいたことだけど。私たちはまたならず者共が集まってきても困るのでさっさと荷物をまとめて地上を目指した。
その途中。

「キルケー・・・あなたはさっき、タンの言う事に従うと言いましたが、もしタンがリムカを置いて先に進もうって言ったらその通りにしましたか?」

リエッタが他の人間に聞こえないよう、そう私に耳打ちした。
全く、何を言い出すかと思えば。

「そんな仮定、意味ないでしょ。何だってのよ?」

私がそう言うと、リエッタは満足そうに笑みを浮かべて「いえいえ、いいんです」と言った。
訳が分からない。


私たちは日が暮れる前にクルルミクへ戻ってくる事ができた。リムカは何をしたのか知らないが街では結構慕われているようで、装備を整えるのに白い眼を向けられる事もなかったみたい。日頃の行いってやつなのだろうか?
とりあえず私たちは酒場にリムカを預けに行ったのだが、ちょうどそこではリムカのパーティの面々がリムカを救出に迷宮に向かおうとしている所だった。

「ね、タン。さすがに今から迷宮に向かうって事はないわよね?」

私はちょとピンと来るところがあって、タンにそう尋ねる。

「ん・・・日も暮れるし、明日に改めて出発?」

なぜか疑問形でそう応えるタン。私は思わずほくそ笑む。

「なら、今晩ぐらいはぱーっとやりましょう。久々に何も憂いどころなく皆揃ってるんだし」

私はそこまで言うと、リエッタや黒曜が何か言おうとしているのも気にせず、仲間の元へ向かおうとするリムカの背中に声をかけた。

「ちょっとリムカ。あなたの仲間も連れてこっちいらっしゃい。早くね」

私はそう言ってぺぺに酒をいくつかとグラスを人数分。それに適当に料理を頼む。
なぜだかリエッタと黒曜がげんなりした顔をしていた。



「大体ねぇー。普通さぁー。三回も捕まってぇー、三回も同じパーティに助けられるなんてあるぅー?もーちょっとあなた達しっかりしなさいよねー」

私は何杯目になるかわからないグラスを空にしながらリムカのパーティの黒衣の娘の肩に手を回してそう言う。

「ち、ちょっとキルケー。酔ってますね!?あ、明日もあるんですから、もうその辺に」

リエッタが何か言ってくる。良いところなのに。

「なーに、リエッタ。あなたグラス空じゃない。ほらほら、注いだげるから」

私は手近な酒瓶を掴み、無理矢理リエッタのグラスを満たす。

「き、キルケー・・・もう勘弁してくださいって・・・」

なぜか真っ赤な顔でリエッタは涙目になっている。何が気に入らないと言うんだろう?

「何、リエッタ・・・。あなた私の酒が飲めないってのね。そーね、私なんて足手まといだし・・・そんな酒なんて飲めないってのよね。いーわよいーわよ。勝手にすればいいんだわ」

思わず目尻に涙が浮かぶ。そうだ。私は誰にも必要とされてないんだ。

「だ、だからそう言う言い方は卑怯だってさっきも言ったじゃないですか!何度目だと思ってるんですか」

リエッタが何かごちゃごちゃ言ってるけど、気にせず私は無理矢理リエッタにグラスを空にさせる。あ、リエッタ、グラスが空じゃない。

「ほら、タンもぐーっと。こう言うのはね、知識だけじゃなくて、実践するのが、大事、なんだから」

顔を赤くしたタンのグラスにも酒を注ぐ。私が酒を注ぐとタンは律儀にグラスを呷る。

「そーそー。タンはいい子ねー」

私は一通り皆のグラスに酒を満たすと、自分の席に戻る。

「だーからねー、リムカ。私たち、行きずりかもしれないけどー、何て言うの?いちれんたくしょー?だっけ?じゃない?ワイズマンを倒すまではさー。だから、何て言うの?こう、もっと皆を信頼してさー」

なぜか私の視界に入る人間が皆一様にげんなりした顔をしていたような気がするけど、まぁ気のせいだろう。



翌朝。私は目を覚ますと顔を洗い、身支度を整えて宿の入り口で待っていたタンと合流する。

「あれ、タンだけ?リエッタと黒曜は?」

「ん、まだ。もうすぐ、来ると思う」

で、それからタンと二人でリエッタと黒曜を待つことしばし。なぜか青い顔をしてようやく二人が現れた。

「遅いじゃない。何してたのよ?」

「き、昨日キルケーがあんなに飲ませるからじゃないですか・・・」

「キルケー、お主昨日は完璧に酔いつぶれておったじゃないか・・・何故平気な顔をしとるんだ」

確かに、昨夜の事はいまいち記憶に残ってないけど酒を飲むってそう言うものじゃない?

「全く・・・情けないったら。・・・ね、タン。何か二日酔いにきくような薬とかってない?」

私がそう尋ねると、タンはしばらく思案した後、宿の厨房の方へ駆けていった。
しばらくして、タンは両手に何か黄色いものが入ったグラスを持ってくる。

「何、それ?」

「プレーリーオイスター。二日酔いにきくってタンの中の賢者は言ってる」

タンの両手にみっつのグラス。私はそのひとつを受け取ると、ぐっと胃に流し込んだ。
黒曜も同じようにグラスの中身を一気に呷る。
細かいレシピはわからないが、生卵にケチャップとコショウと・・・ソースにビネガーだろうか?なんだかよくわからないが、確かに効きそうではある。
が、リエッタは苦い顔をしてグラスを取らない。

「それ・・・生卵ですよね?私、生卵はちょっと・・・」

「ふーん、何だ、リエッタ生卵ダメなのね」

私は特に他意もなくそう言ったのだが、リエッタはどうにもかちんときたらしい。

「だ、ダメな訳じゃありません!わ、私の国では卵を生で食べる習慣がないだけであって、だから・・・」

「ようするに飲めないんでしょ?あーあ、折角タンがわざわざ作ってきてくれたのに」

と、意地悪くいってやる。予想通り、リエッタはタンの手からグラスをひったくると、しばらくグラスの中の卵とにらめっこをしてようやく飲み干した。

「あ、キルケー。リムカ達が今朝、キルケーさんによろしく、って言ってた」

一層青い顔になったリエッタを尻目に、タンがそう言う。

「私に?何でまた」

リムカを助けたのは私だけじゃないんだけど・・・何で名指しなんだろう?
まぁさほど気にする事でもない話だとは思うけど。

「じゃ、改めて出発と行きましょうか」

その私の呼びかけに元気良く応えてくれたのはタンだけだった。
全く、先が思いやられるったら。






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