二十二日目 街まではもうすぐ。急いで戻って、とっとと黒曜を助けに戻ろう。 とは言え、裸同然の二人を抱えているのだから一階とは言え油断は禁物だ。 と、その時向かい側から一組のパーティがやってくるのが見えた。 私を含め皆思わず身構えるが、敵意はなさそうだ。 「こんなダンジョンの中で奇遇ね。そっちの調子はどう?」 先頭に立つ長い黒髪の娘がぱたぱたと手を振ってそう聞いてきた。 裸の二人を後ろに置いて、ずぶ濡れになった服を着たまま乾かした、一見してボロボロの私たちを見てよくもまぁそんな台詞が出るものだと思う。 けど、なんとなく私は特に悪い気もしなかった。見た目は全然違うけど、黒髪の娘がなんとなく私に似ているような気がしたからだ。 「ごめんなさい。見た通り、街に戻る途中なの。それに、仲間が捕まってて急いで戻らないといけないから。また機会があれば一緒に食事でも」 私はリーダーでもなんでもないが、裸のリエッタやタンに喋らせるよりは場を早く納められるだろうと思ったから口早にそう言って足早にその場を後にした。 まぁ、それほど悪い感情を与えてはいないと思うけど。 それから数刻。私たちはようやく迷宮を脱し、クルルミクへ戻ってきた。 街に着くと、リムカは私たちに礼を言って酒場へと戻っていった。 無事に仲間と合流できると良いんだけど。 ともかくリムカを送り出した私たちは、リエッタの装備を整える事にした。 さすがにこの格好で町中をうろつかせる訳にもいかない。 まぁふれ込みの通り冒険者が装備を整えるのは政策の一環として無償になっている。だが、それにかかる費用は国から補填される訳ではないらしく、諸処の武具、道具屋からは予想通り白い眼で見られた。 とは言え、リエッタは装備の性能を引き出して戦うタイプだし、そう言う意味では黒曜が言った通り裸では戦闘力は極端に下がるからそのままと言う訳にも行かない。 「キルケーはいいんですか?地底湖で装備を失っていますし、この外套だって・・・」 リエッタが装備の上から羽織った外套は先日私がリエッタに譲った物で、加えてリエッタの言う通り私は先日地底湖で装備の一部を失っている。が、私は構わなかった。 「それなんだけど、何だかこれぐらいの方が私には動きやすくていいみたい。まぁ、迷宮でいいのが見つかったら使っても良いけど、無理に補充しなくてもいいと思って」 私がそう言うとリエッタは何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。 その後、私たちはともかく休息をとって、とりあえず酒場で傭兵を雇って黒曜の救出に向かう事にした。なんだかんだ言って迷宮から街に戻って、装備を整えたりリムカを送り出したりしているうちに日は傾いてきている。疲れも溜まっているし、流石に今日そのまま折り返して黒曜を助けに行くのは難しいだろうと言う結論になった。 私たちはとりあえず宿に荷物を置いて、それから酒場に向かおうとしたのだが、その宿で悪い知らせを受け取った。 タンの親友・・・フェリルがすでに売り払われたと言う情報と、彼女の遺品・・・いや、遺品なんて言うのはマズイんだろうけど、心理的にはそれと同等の・・・彼女が使っていたローブが届けられていた。 それからのタンは、とてもじゃないが見ていられなかった。 今まで意識の外に置いていた問題をいきなり突きつけられたのだ。無理もない。 遅かれ早かれこうなる事は予想できてはいたけど、出来れば、そんな日が来なければいいとさえ思っていた。 ともかくも、私はタンをなだめて部屋に連れて行く。かけてやる言葉が見つからない。 私は、しばらく一人にしてやる方がいいだろうと思い、タンを部屋に残してリエッタの元へと戻った。 「・・・どうします、キルケー。タンがあの様子では・・・」 「ん・・・いざとなれば、私とリエッタ。後は傭兵でも雇って黒曜を助けに行くしかないわね」 流石にタンがあのままでは、タンを連れて行く訳にはいかないだろう。 「・・・いえ、いよいよとなれば私が傭兵と一緒に行きますから、キルケーはタンについていてあげてください」 「リエッタ・・・」 私はリエッタの提案を肯定も否定もできず言葉を濁す。 傭兵が信用できるならばそれもいい。けど、リエッタだけを行かせる事には大きな抵抗があったし、さりとてタンを置いていく事も出来ない。 「・・・ともかく、キルケーはタンをお願いします。黒曜の救出に関しては、明日、タンの状態を見てから決めてもいいでしょう。・・・黒曜には申し訳ないのですが」 「ん・・・」 今、優先すべき事は何か。 ならず者に捕らわれた黒曜は、それこそ一刻を争う事態だと言ってもいい。 けれど、タンもそれは同じ。放ってはおけない。 私はカルネアデスの板、と言う話を思い出していた。 ・・・ともかく、今日はタンの事だけを気にかけよう。 結局私が出した結論はそれだった。と言うよりも、それしか私には思いつかなかった。 ・・・今夜あった事は、多分、私は生涯忘れる事はないだろう。 例えば、曲名も知らないある夜想曲が何故か頭から離れないのと同じように。 翌朝。私は身支度を整え、宿の入り口で待っていたタン、リエッタと合流する。 タンは先日届けられていたフェリルのローブを身に纏っている。 「もう忘れ物はありませんよね?キルケー」 「ごめんごめん。ホント、私は水を差すのだけは得意よね」 私はそう言いながら、昨夜の事を思い出して小さく身震いする。 結果的に、タンは自身を取り戻してくれたからいいとは言え・・・。 後悔・・・はしていない。恥ずかしさはあるけれど。 「行こう、キルケー!急いで、黒曜を助けに行かないと」 タンが私の腰にきゅっと抱きついてくる。 タンのその様子を見るだけで、私は昨夜あった事を全肯定する事が出来た。 「行こう、タン。リエッタ」 私たちが酒場に着くと、見慣れた黒衣の後ろ姿が酒を呷っているのが見えた。 「・・・黒曜?」 間違えようもない。その後ろ姿は黒曜その人だった。 黒曜は私たちの方を振り向くと、すっかり出来上がった眼でじろりと私たちを睨め付けた。 「・・・ようやくお出ましか。皆心配しているのだろうと思い、宿にも戻らず酒場で待っていれば、とうとう夜が明けてしまった」 黒曜は覆面を外している事を気にもかけず、酒気でろれつの回らなくなった口調でそう言う。 私は思わず冷や汗をかいた。 「ち、違うのよ黒曜!・・・その、わ、私たちが昨日街に戻ってきたのも夕暮れで、それからリエッタの装備を整えてやら何やらしてたらすっかり夜でしょ?だ、だから朝一番で酒場に来ようって、それで」 「いやいや、キルケー。何故そんなに弁解がましい事を言うのだ?元々我々は行きずりでパーティを組んだ者同士。別に気になどしておらんよ。・・・まぁ、皆もう少し情のある人間だと思っていたが」 拗ねている・・・。確かに、一晩酒場で再会を期待して待ち続けたとなれば、わからないではないけど。 「すいません、黒曜。私が至らないばっかりに・・・」 「何だ何だ、リエッタまで。私は気になどしていない。ああ、していないとも」 黒曜はそう言ってぐっとグラスを傾ける。気が付けば、足下にはすでにかなりの数の酒瓶が転がっていた。 「黒曜、そんなに言ってやるなよ。だから俺ぁ一度宿に戻れって言ったんだ」 酒場のマスター、ぺぺが食器を磨きながらそうフォローしてくれたが、黒曜の機嫌は直りそうもない。 「ごめんね、黒曜・・・私が、フェリルの事で、キルケーとリエッタに迷惑かけたから・・・」 タンがおずおずと口を開くと、黒曜はグラスを傾ける手を止めた。 そして、間髪入れずにリエッタがフェリルがすでに売り払われ、その形見とも言うべきローブが残されていた事を説明する。 ひとしきり説明を終えると黒曜はグラスをドンっとテーブルにたたき付けた。 思わず私たちは身をすくませる。 「・・・何故それを先に言わんのだ。これでは拙者が悪者ではないか!」 黒曜はそう言うとぺぺにグラスを三つ、加えてよく分からない銘柄の酒をいくつも注文する。 「・・・話は分かった。ともかく、飲め。つきあえ」 私たちは思わず顔を見合わせて苦笑する。感動の再会と言う訳にはいかなかったけど、どこか暖かい空気が嬉しかった。 私は席について勝手に乾杯の音頭を取る。 「じゃ、再会を祝して!」 |