二十一日目

「キルケー・・・無理、してない?」

「そんな事、ないわよ。ほら、早く、二人を助けに行かなくちゃ。少し急ぐけど、勘弁してね?」

私は胸中の思いを押し殺し、無理矢理笑顔を作ってタンにそう言った。
しかし、どうにもとってつけたような言葉遣いが私の動揺をそのまま現している。

「キルケー・・・」

タンが私の左手を掴む。何か塗れたような感触。
何の事はない。手を強く握りしめすぎたせいで、爪が食い込んで血が滲んでいたのだ。

「あ、あはは・・・。ごめん、何でもないから。大したこと無いから、さ」

私はそう言うと、あえてタンの顔を見ないようにして早足に歩き出す。
今は何を言われてもどうしようもない。

「キルケー、見て」

そのまま少し歩みを進めた先。何人かのならず者が顔を見合わせて廊下の奥の扉に入っていくのが見えた。こちらには気付いていないようだ。
私はその時頭にピンと来るものを感じた。
リエッタ、黒曜に限らず、ハイウェイマンズギルドの連中に連れ去られた人間はどこに連れて行かれるのか?
連中だってそう簡単にこの迷宮を上下出来るとは思えない。となれば、連れ去られた人間は同じ階層のどこかにいる可能性は高いんじゃないだろうか?

「・・・タン」

私はそう言ってタンを見る。タンも同じ事を考えたのだろう。私の顔を見て小さく頷いた。
私たちは連中に気取られないよう、気配を殺してゆっくりと扉の前に近づく。
幸い、扉はきちんと閉められてはおらず、隙間から中の様子をうかがう事が出来た。
廊下にまで連中の下卑た声が届く。

「・・・っ!」

私は思わず声を上げそうになるところをぐっとこらえる。

中には大勢のならず者に囲まれた二人の冒険者が今まさにならず者共に陵辱されようとしている所に見えた。
そのうち一人は、間違いなくリエッタだった。

「タン、フォローお願い!」

私は、それを見るなり怪鳥のような雄叫びを上げ、剣を振りかざしてその部屋に飛び込んでいた。
ほとんど反射的な行動だった。自分の行動が正しいのか、間違っているのかという疑問さえ頭に浮かぶ事はなく。

「寄るんじゃない!」

私は自分でも何を叫んでいるか分からぬまま、遮二無二剣を振るう。
ならず者の数は圧倒的に多い。が、いきなりの奇襲に連中も少なからず動揺したと見えて、反撃は組織的ではない。
気が付けば、私の後ろではタンが魔法でならず者共を薙ぎ払っている。
私はタンに完全に後ろを任せ、目の前の敵を斬る事に集中した。

「キルケー!」

そうリエッタの声が聞こえた気がする。

「リエッタ!無事なのね!?」

私は声の主を探しもせずに叫んだ。
そして、剣を振るいながら普段はあまり使わない魔法の詠唱をはじめる。
私が普段あまり魔法を使わないのは、私が得意としている事象が『炎』と『圧力』に寄るもので、この迷宮のような狭い場所では使いにくいからだ。
けど、この部屋は十分な広さがあって、周りには巻き込むような味方もほとんどいない事が私を後押ししてくれた。

私の韻に応えて目の前の空間が炸裂する。
何人かのならず者が悲鳴を上げて吹き飛ぶのが見えた。それほど強力ではないが、直撃すれば人間を相手にするには十分程度の威力はある。

「ま、魔法戦士かよ!?」

ならず者が動揺する声が聞こえた。
それだけで私に一瞬の余裕が生まれ、首を振ってリエッタの所在を確かめる事が出来た。
リエッタに駆け寄って背後に置く。

「キルケー!」

「全く・・・手間をかけさせて!」

私はこの時、余裕などないにも関わらず胸中快哉を叫んでいた。
やれるじゃないか!と。

勢いに乗った私たちは、そのままならず者共を一掃した。気が付けばタンは捕まっていたもう一人の女性をかばいつつ連中を吹き飛ばしている。
正直なところ、タンの魔法による殲滅力と、視覚的な威圧感が強かったんだろうと想像できたのは後の事だ。


「う、うう・・・あ、ありがとうござい・・・ます」

ほとんど全裸のリエッタは、部屋が静かになってもなかなか落ち着く気配を見せず鼻声でようやくそう言った。

「リエッタ・・・遅れて、ごめん」

タンがリエッタの肩を抱くようにして優しく言った。
私はちょっと余裕が出たのもあって、リエッタと共に捕らわれていた女に向き直る。
改めて見れば、女と言うには無理があるような少女だ。タンよりも年下かも知れない。

「あなた、大丈夫?怪我とかは?」

「あ、ありがとうございます・・・。とりあえず、大丈夫みたいです・・・」

彼女はリムカと言った。
私たちはともかくも二人を連れて地上に戻る事にする。
黒曜は気がかりだが、裸の二人を連れていてはタンと二人だった時のようには行かないだろうから。
しかし、問題は地底湖をどうやって超えるのか、だ。
リエッタは例のアイテムも装備と一緒に奪われたと言うし、リムカって子もそれは同じ。
とは言え、いつまでもここにいる訳にもいかず、ともかく私たちは地底湖を目指して歩き出した。

私たちが地底湖まで戻ってくると、周囲に人影はないにもかかわらず地底湖は例のアイテムを使った状態で中央から真っ二つに割れていた。
ついさっき、他のパーティがここを通ったに違いない。

「・・・ついてる!日頃の行いってやつかしら?」

と、私がそう言った時には三人ともとっくに駆けだしていて、私は慌ててそれを追った。
さすがに広大な地底湖なだけあって、走って渡るにしても対岸は遠い。
しかし、もうすぐ。あと少し!
とその瞬間。左右の水の壁がいきなり崩れ、私たちはもろに湖に飲み込まれた。
危険を感じる暇さえなかった。とは言え、対岸はもうすぐそこなのだ!
私は浮き上がろうと必死でもがくが、鎧が邪魔をしてなかなかあがれない。ほとんど何も考えず、私は手足の鎧を脱ぎ捨てると、必死に対岸まで泳いだ。泳ぎはあんまり得意じゃないが、こんな事なら泳ぎの練習でもしておけばよかった。

私が対岸までやっとの事でたどりつくと、皆すでに泳ぎ着いていたようで一様に地面に座り込んでずぶぬれのまま肩で息をしていた。私も大の字になって寝転がる。

「助かった、ぁ・・・・」

誰かがそう言ったように思えた。
全くのんきなもんだ。私はそう思い、その自分の思いになぜか吹き出してしまった。

少しして、皆で無くした物は無いか、怪我はないか、とお互い確認しあい、異常が無い事を確認すると再び地上を目指して歩き始めた。
四階から上はさんざん歩き回っただけの事はあって、特につまづく事もなく一階まで戻ってくる事が出来た。
けれど、その一階で再びハイウェイマンズギルドの連中と鉢合わせ。

「リエッタ!私の後ろに!タンはリムカをお願いね!」

私はそう叫ぶと、リエッタを後ろに置いて連中と斬り結ぶ。
二人を守りながら相手にするには数が多い。いつもなら冷や汗をかいているところだったが、今の私はどこか余裕さえあった。
リエッタを守らなければならない、と言う気持ちがかえって自分を冷静にしたのかもしれない。
とは言え、リエッタも裸同然ながら訓練を受けた戦士だ。そんな状態でも何人かのならず者をたたきのめしていた。

「やれやれ・・・返り血がひどいわ。折角洗い流せたと思ったのに」

戦いの後、私は冗談めかしてそう言う。
が、わずかに苦笑を返してくれたのはタンだけ。まぁ、冗談にしてはあまり場にふさわしくはなかったかもしれない。

「・・・すいません、キルケー」

神妙な顔をして、リエッタは私に頭を下げた。

「互い様でしょ?私もさんざリエッタには助けられてるもの。だからこれで貸し借りなし」

私はリエッタの額に軽く触れながら笑ってそう言う事が出来た。
リエッタもぎこちなく笑みを返してくれる。

「さ、もう少し!急いで街に戻って黒曜を助けに戻らないと」

「うん。急ごう」

「・・・ええ」

機運、と言う奴は重なるものだ。今の私たちなら、きっと黒曜だって助け出せるだろう。
いや、ひょっとするととっくに自力で脱出しているかもしれない。
楽観的かもしれないが、悲観的なのよりはよほどいい。
私がそう言うと、皆同意してくれた。

さぁ、急ごう!

・・・実はこの時、黒曜はすでに他のパーティに救出され私たちと同じ一階にまで戻ってきていた。
大声を出せば聞こえるかも知れない距離にすでに黒曜がいた、と言うのはちょっとしたエピソードだと言ってもいいかもしれない。







戻る