二十日目 先日見つけた装備を持って、私たちは再び五階地底湖の骸骨「水脈の門番」の元へ赴いた。 骸骨がどの程度の物をほしがっているのか分からないから、少しでも何か見つけたら行ってみるしかない。効率は悪いけど、まぁ仕方がない。 ただ、今回は前に比べて結構いい物が増えたから、いけるんじゃないかって期待があった。 「あんたら二人、良い装備してるじゃないか。それなら王家の宝剣と同等の価値があるぜ。どっちか一人、ひと揃いで俺に譲ってくれたら通してやるよ」 骸骨は、件の口上を垂れた後、リエッタと黒曜を指さしてそう言った。 思わず私たちは顔を見合わせる。 「やった!って言いたいけど、ひと揃いで・・・って」 私は皆の顔を伺いながらそう言う。全員の装備から少しずつ、と言う訳にはいかないらしい。 「・・・仕方ありませんね。ここは私が一肌脱ぎましょう」 とリエッタ。ジョークのつもりなんだろうか? 「いや、どちらかと言えば拙者が供すべきだろう。拙者は装備がなくともそれなりに仕事が出来よう。しかし、リエッタ殿は・・・」 黒曜がそう口にするとリエッタはキッと黒曜を睨み付けた。 「私は装備が無くては何も出来ないとおっしゃるのですか?」 「い、いや、そうではないが、我々忍者は装備に頼らないよう訓練を受けているのであってだな・・・」 リエッタの迫力に押されて思わずたじろぐ黒曜。私はその様を一歩引いた場所で眺めている。 タンが不安そうな顔をで私を見る。とりなしてくれ、と言う無言の要求なのだろうが、私はそれが無駄だと知っていたからあえて何も言わない。 リエッタは責任感が強いし、以前捕まった事への負い目もあるのだろう。形ばかりとは言えリーダーという肩書きもある。少なくとも、一度自分から言い出した事を引っ込めるような人間じゃない事は短いつきあいとは言えよく知っていた。 結局、私の想像通り黒曜が折れ、リエッタが装備一式を骸骨に手渡す事になった。 で、骸骨からもらったのは妙な物体だ。タンが言うには、この湖に同調している魔法の品らしい。 リエッタが骸骨の説明通りにそのアイテムを湖に着けると、湖がみるみるうちに真っ二つに分かれていく。モーゼもかくやといわんばかりだ。 そうして、私たちはようやく五階に本格的に歩みを進める事が出来た。 リエッタが裸同然になってしまったとは言え、地上に戻ればある程度は補充できるし、今は先に進めた喜びの方が大きい。 「これでようやく半分か・・・よくもまぁこれだけの物を造ったわね・・・」 私は今までの行程を思い出し、そう一人ごちた。 誰に聞かせるともなく呟いたのだが、皆に聞こえていたようで「全くだ」と皆口々に言った。 ちょっと和やかな雰囲気。何となく、荷物を下ろして身軽になったような感じだ。 でも、そんな中タンは一人ひどく不安そうな顔で周囲を見回している。 「ね・・・皆。早く、ここから離れた方が、いいと思う」 タンのその発言に私とリエッタ、黒曜は思わず顔を見合わせる。 「何か気になる事でも?」 と、リエッタ。 「ん・・・嫌な、感じがする」 と、タンがそう言った刹那。周囲の壁や床の隙間から黒い・・・何か、霧のような物がゆっくりとしみ出してくるのが見えた。 例えるなら・・・暗闇の、雲。そうとしか言えない何かが、私たちをゆっくり取り囲もうとしている。 「な、何よこれ?」 「皆、逃げよう!」 タンの叫び声が周囲に木霊する。この時になってようやく私も危険な気配を感じ、タンに続いて駆けだした。 が、少し・・・遅かった。 「あ、う・・・」 私は荒い息をついて地面に手を付いている。黒曜も似たような状態で、私と同じく立って歩くのがやっとの状態だ。 さっきの霧のような、雲のような物体はタンが言うにかなり強力な魔法生物の一種らしい。 私たちは逃げようとしたが追いつかれ、その中に取り込まれた。 何と形容していいのかわからないが、あえて言うなら・・・命を吸われるような、とでも言おうか。 加えて、まるで酸の雨でも浴びたように私の体には真っ黒い痣が全身に出来ていた。 なんとか無事だったリエッタとタンが引っ張り出してくれなければ、死んでいてもおかしくなかっただろう。 「キルケー、黒曜。もう少し落ち着ける場所に出たらすぐに治療しますから、もう少し頑張ってください」 そう言うリエッタに私は無理矢理口を笑みの形に曲げて見せる。声を出すのも辛くてそうするのがやっとだった。 でも、この時私は以前の事が頭にリフレインしていた。 あの時、私と黒曜が動けなくなった後何が起こったか? その予感は的中した。 「タン、キルケーを頼みます!」 「キルケー!私の後ろ!」 「リエッタ殿・・・!」 悲痛な叫び声が響き渡る。歓声をあげて襲いかかってくるならず者共。 前も、こんな事があった。あの時の私は意識がなくて、こんなシーンを目にする事は無かったのだけど・・・。 私の事は構わず逃げて! 私はそう叫びたかった。 ・・・けど、出来なかった。 醜悪な笑みを浮かべるならず者共を見ると、恐怖で足がすくんで、声も出ない。 もし、この状況で置き去りにされたら・・・。情けないとは思っても、そう考えるととてもじゃないがそんな台詞は口に出来るものではなかった。 「くっ・・・!は、離しなさい!」 「た、体力さえ万全ならば、貴様らごときに・・・!」 「リエッタ!黒曜!」 ならず者共は強力な魔法を使いこなすタンよりも、手負いのリエッタと黒曜の方が与しやすいと思ったのだろう。数に任せて二人を押し包み、拘束するとあっという間に二人を連れ去っていった。 「リエッタ、黒曜!」 タンの悲痛な叫び声がいつまでも耳に残った。 それからしばらくして。私はタンの回復魔法のおかげで、すっかり回復していた。 けれど、二人の間に落ちる空気は重い。 「キルケー・・・大丈夫?」 「・・・ごめんなさい。迷惑を、かけるわね」 私は、そう言うのがやっとだ。 「キルケー・・・」 「・・・う、う」 思わず嗚咽が漏れた。 私は・・・なんて無力なんだろう、と。 「キルケー。キルケーのせいじゃ、ないよ。だから・・・ね?」 私は、そう言って私を見つめるタンを思わず抱きすくめていた。 理由はよくわからない。堰を切った感情がそうさせた、としか言えなかった。 「キルケー・・・」 「ごめん、タン・・・。少しだけ、このままいさせて・・・」 不安に押しつぶされそうな自分を、タンの暖かさが救ってくれるように感じた。 それからほんの少ししてから。 私はタンの体を離して、こう言った。 「戻ろう、タン。前と同じ。戻って、戦力を整えて、二人を助けに行こう」 「・・・うん!」 今、私に出来る事。 それは大した事ではないかもしれない。 でも、やれる事を最大限にやる。私に出来る事はその程度なんだから・・・。 |