十七日目

先日ようやく地下五階にたどり着いた私たちだったが、結局四階に戻ってきて今に至る。
とにもかくにも、あの骸骨を納得させられるだけの代物が必要だ。
とは言え、あの言葉をそのまま鵜呑みにしたものだろうか?
それに加えて、ひとつ気になる事があったものだから、私は皆にちょっと提案をしてみた。

「ね、もう一回下に行ってみない?」

私がそう言うと、案の定三人はぽかんとした顔をした。

「しかしキルケー・・・あれから状況は全く変わっていませんよ?」

リエッタがそう言うのも無理はない。

「何か策でも?」

と聞くのは黒曜。

「そんな大したことじゃないんだけど・・・ちょっと確かめてみたい事があって」

「タンは構わない。目的無くうろうろするぐらいなら、キルケーが気になる事、確かめてみよう?」

タンはそう同意してくれた。
で、特に反対意見も出なかったので、私たちは再び地下五階を目指す。
その途中。他の冒険者のパーティの姿が見えた。
かなり若い・・・と言うよりも幼いと言っていい、まるで人形のように愛くるしい少女を先頭にしている。
が、私は直感的に嫌悪感を覚えた。
どこがどう、と言う訳じゃない。見た目的には割と普通の部類のパーティだが、どこか普通じゃない。
関わり合いにならない方が良さそうだ、と直感的に思った。

「キルケー・・・あの連中」

リエッタが眉間に皺を寄せて私に耳打ちする。どうも、私と似た感覚を受けたみたいだ。

「タン、目を合わせない方がいいわ」

私はタンにそう耳打ちする。タンは「何故?」という目で私を見るが、私も説明は出来ないのでそれ以上は何も言わず、そのまま連中とすれ違った。

一瞬タンの足が止まる。連中の一人がタンを見たようにも思えたが、視界の端にかすかに見えただけなのでそれが何を意味するのか私にはわからなかった。
だが、タンはすぐさま足早に追いついてくる。その表情はじっと痛みに耐えているようにも見えた。

「タン・・・あいつらに何か言われたの?」

私がそう尋ねると、タンは無理矢理笑顔を作って「なんでもないよ」と言ったが、私は逆にそのタンの反応で連中がくだらない事をタンに吹き込んだんだと確信した。

「・・・あいつら」

私は迷わず踵を返す。が、その私の腕をリエッタが掴んでいた。

「ち、ちょっとキルケー。どうする気なんです!?」

「・・・あいつらに頭を下げさせる」

私はきっぱりと言った。タンが何を言われたかなんて大体想像がつく。きっと、今のタンには決して言ってはならないような事に違いないのだ。
そして、そんな事を黙って見過ごせるほど私は人間が出来てはいない。
私はぱっとリエッタの手を振り払った。

「落ち着け、キルケー」

「そ、そうだよ。タン、なんともないよ。なんともないから」

けれど、黒曜もタンもよってたかって私を諫めようとする。
冗談でしょう?黒曜だってリエッタだって、タンにはさんざん世話になってるでしょうに。
あれを見過ごすなんてのは腰抜け以下だ。

「こんな所で揉め事を起こしてどうするんです?キルケー、あなたが悪者にされるだけじゃないですか」

「冷静になれ。何を言われたのかは知らんが、つまらん雑音程度聞き流せないでどうする?」

「キルケー!キルケー!大丈夫、タン、何もないから!ね、キルケー!」

私は口をへの字に曲げる。これじゃあ私が悪者みたいじゃない。
・・・私が間違ってるんだろうか?
正直、そうは思わない。でも、タン本人が言う事でもあるし、皆の言う事も一理ある。
私は仕方なく矛先を地面に転がっている石ころにかえて、力任せに蹴り飛ばした。
後ろで黒曜とリエッタが深く嘆息するのが気配で分かった。

全く・・・面白くない。




で、そうこうしているうちに私たちは地下五階の地底湖の前についた。
しばらくしていると、例によって小舟に乗った骸骨がやってくる。

「キルケー、どうするつもりなんです?」

と、リエッタが聞いてくるが骸骨がすぐに私たちの前までやってきたので、私はリエッタを手で制して骸骨に向き直る。

「久々のお客さんだな。どれ、向こうに連れて行ってやる。宝剣を渡しな」

昨日と全く同じ切り口上。やっぱりな、と思うがあえて聞いてみる。

「久々も何もないもんでしょう?昨日あったばかりじゃない。それとも、脳みそがないもんだから覚えていられないのかしら?」

私は骸骨にそう切り返したが、骸骨はだんまりを決め込んでいる。
私は皆の方を一度振り返ってみる。皆私の反応を待っているようだ。

しばらくの間。私は軽く鼻歌を歌う。目の前の骸骨も、後ろの皆も誰も口を開かない。


「宝剣なんて、持ってないわ」

私は自分の好きな歌を一曲、鼻歌で歌いきってからようやく口を開いた。

「カカカ。冗談だ冗談」

骸骨は前回繰り返した台詞をまた繰り返した。一言一句全く同じ台詞を。
もうこれで十分だ。確かめたい事はわかった。

「行きましょう。もうここに用はないわ」

私は皆を促して四階へと戻った。後ろでは骸骨が誰もいない空間に向かって延々と口上を垂れ続けている。


「なるほど、キルケーが確かめたいと言った意味がわかりました」

四階へ戻る途中、リエッタがそう言った。

「まぁ、大したことじゃないんだけどね。お宝って言っても、どの程度のものを持っていけばいいのかわかんないし、直接聞いてみようと思っただけなんだけど・・・。ああなる予感はしてたわ」

初見ではまるで自分の意思を持って行動しているように感じた骸骨だけど、何の事はない。単に設定されたプログラム通りに機能する魔法生物に過ぎなかった訳だ。
けど、これで逆に大体の事は理解できた。

「でもまぁ、これで目星はついたわね。あの骸骨はお宝を探してこいって言ってたんだから・・・多分、この迷宮の中に置いてあるアイテムの類に一定の「価値」みたいなものが振り分けられてるんでしょ」

「なるほど・・・それが一定量あればいいと言う事か」

「多分ね。想像の域を出ないけど」

とまぁ、自分の発想に軽い優越感を覚えたりしたけど、結局のところ状況が何も改善された訳じゃないよなぁ、と思うと思わず嘆息してしまう。
でも、今は出来るだけタンに負担をかけたくないし、リエッタは真面目すぎてちょっとアレだし、黒曜は率先して意見を言うタイプじゃないから、たまにはこういうのもいいんじゃないだろうか。
正直な所、私だって少しは頼りになるって所を見せたいじゃない?

特に、今はね。タンにはさんざん助けられてるもの。
少しでもタンの負担が減ればいいんだけど。

その後は結局四階をうろうろ。タンに負担をかけたくない、なんて言っておきながらまたタンに罠をみつけてもらったりして、どうにも冴えない。

後は、例によってならず者の襲撃を受けたぐらいか。
なんだか妙に数が多かった気がしてひっかかる。まさか、さっきすれ違った連中が何かしたとは思わないけど・・・。


さて、ともかく一日でも早く先に進みたい。
例え先に待っているものがなんであれ、ね。







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