十六日目

それはまるで私たち・・・いや、タンがここを通る事が分かっていたかのように貼ってあった。

「ふぇ・・・りる・・・?」

淫猥に描かれた少女の画。
私は本人と面と向かって会った事がある訳じゃなく、遠目に見ただけだから確信がある訳ではない。
とは言え、私は「眼の良さ」に関しては多少自信がある。
まず間違いなく、描かれている画はタンの友人の少女・・・フェリルだと見て取れた。
そして大きく書かれた「売却済み」の文字。

「ふぇ…りる……嘘…だよ……こんなの…」

タンは眼をいっぱいに見開き、くいるようにそのポスターを見つめている。
肩が、唇が小刻みに震えている。

「・・・タン、気をしっかり持って」

言葉が出ない。

「……だ、大丈夫。進もう? こんなの、嘘だよ。タンは、タンは信じな……ぐすっ…うっく…ご、ごめんね……大丈夫…進、もう……」

タンは私たちに顔を向けると、今にも泣き出しそうな顔で絞り出すようにそう言うと、振り返る事もなく歩き出した。私も・・・いや、多分、皆一秒でも早くその場を離れたかったから、すぐさまタンの後に続いた。


「・・・だ、大丈夫よ、タン。あんなの、連中のタチの悪い嫌がらせでしょ?気にする事ないわ」

「そ、そうだよね?そうだよ・・・フェリルに限って・・・」

そう言う私の言葉に、タンは引きつった笑みを返してみせる。

言った私自身、信じている訳じゃない。
連中がそんな遠回しな嫌がらせなどするとは思えない。
まず、十中八九あの少女は陵辱され・・・売られたのだ。
私は少女の身に起こった事と、これから起こる事・・・。何日か前に見た夢をふと思い出し、自分の想像に思わずぞっとした。

「・・・吐き気がします」

タンには聞こえないよう、私の耳元で神官の人・・・リエッタがそう小さく呟いた。


それから小一時間。誰も口を開く事もせず、黙々と私たちは進んだ。
こんな時に限って罠もなければハイウェイマンズギルドの連中も現れやしない。
こんなんじゃ沈黙に押しつぶされるんじゃないか、と思った矢先、下の階へと続く階段が私たちの前に現れた。
渡りに船とはこの事だ。私はここぞとばかりに口を開いて迷宮の複雑さや巨大さを茶化しながらさんざん悪態ついた。リエッタも私に合わせて口を開いてくれた。
それを見て、タンがぎこちなく苦笑いを浮かべるのが視界の端に入る。私は内心小さく安堵のため息をつき、そのまま階段を下った。

階下につくと、私は思わぬ光景に目を見張った。
とてつもなく大きな・・・地底湖。そう言えば、地下五階は巨大な地底湖が広がっているって話は聞いていたけど・・・これほどとは。

しかし、大きい。大きすぎる。とてもじゃないが、鎧を身につけたまま、荷を担いで泳ぎ切れる距離じゃない。それに何より、水中で得体の知れない化け物に襲われるかも知れないという想像をするととてもじゃないが「泳いで渡ろう」などと口には出来なかった。

どうしたものか、と皆で思案していると、湖の向こうからゆっくりと小舟が近づいてくるのが見えた。
私はその小舟に乗っている者を見て、思わず目を疑った。
ボロ布を纏った骸骨。それが器用に船を操作してこっちへと近づいてくる。

「・・・随分としゃれた骸骨じゃない?よっぽどの大物かしら」

「さて・・・仕掛けてくる気はないように見えるな・・・」

私がそう誰に聞かせるともなく言うと、忍者の人がそう返した。
そうこうしている間に小舟は私たちのいる岸まで着き、骸骨は私たちの前に歩み寄ってこう言った。

「久々のお客さんだな。どれ、向こうに連れて行ってやる。宝剣を渡しな」

私たちは思わず顔を見合わせた。宝剣?何の事だ。
私たちのそんな様子を見て骸骨はカタカタと歯を鳴らした。状況から察するに笑っているのだろう。

「カカカ。冗談だ冗談。あんたらが国主継承儀式の参加者じゃないことは分かってるよ。しかし俺もこれが仕事でね。タダで通す訳にはいかないんだ。ふむ、そうだな・・・」

骸骨はそう言うと、値踏みするように私たちを見回した。

「ダメだ。代わりの物と引き替えでもいいかと思ったが、アンタら大した物持ってねーし、通す訳にはいかねーや。もっと気張ってお宝をかき集めてくるんだな。アバヨ」

骸骨はそうまくしたてると、あっけに取られる私たちを尻目に小舟に乗って湖の向こうへと消えていった。

「・・・何だったの、今の?」

「多分、あれが『水脈の門番』なんでしょう。宝剣の代替品になる物を渡さないと通してくれないみたいですね」

代替品、か。私の付けている装備は家の蔵から引っ張り出してきたそれなりの値打ち物のはずだけど、私が自分の使いやすいように色んな武具の自分に合うパーツを適当に合わせて持ってきた物だから、価値としてはがくっと下がっちゃってるんだろう。

私たちはそれからしばらく他に湖を渡る方法はないかと模索したが、結局あの骸骨の手を借りるしかなさそうだと言う結論に達した。
やれやれ。と言う事は、結局四階かそれ以前の階に戻って代替品を探してこないといけない訳だ。ようやく五階にたどり着いたというのに締まらない話だ。

私は四階へ戻る階段を上りながら、ちらっとタンを見やる。
表情はまだ沈んではいるが、目下やるべき事が見えたおかげで視線が浮ついたりする事はなくなっていた。
でも、多分それは友人の少女の事を考えないようにしているだけなんだろう。
いずれ・・・そう遠くないいずれ、現実に目を向けざるを得なくなる。
その時、私はタンに何かしてやれるだろうか?
気が付くと、もう昨日感じたような灰色の嫉妬を感じる事はなくなっていた。

ただただタンの友人が無事で、タンと再会出来ればいい・・・それが楽観的な望みではあっても、そうなればいいと・・・そう思った。






戻る